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 【斯の人にして斯の疾有り】 (このひとにして このやまいあり)
 善行を積み、人柄の優れた人が、運命の悪戯としか思われないような悪質の
 病気にかかること。転じて、立派な人なのに、色欲など身の修まらない欠点
 が有ることをいう。 (出典『論語』雍也編)

 「伯牛疾あり。子、これを問う。まどよりその手を執りて曰く、これ亡し、
  命なるかな。斯の人にして斯の疾あるや、斯の人にして斯の疾有るや。」

 今からもう四半世紀前のこと、初めて論語を通読しました。若い時分にこう
 した聖賢の書と言われるものを読む場合は、

  「フン、どうせ偉そうなことが書いてある本だろう」

 なんて生意気な気持ちで手にとるのがきっかけでは無いでしょうか。
 私もご多分に漏れず、「偉そうな説教」を笑い飛ばしてやろうと思って読み
 始めたように思います。そんな風に読み始めた本が、二十五年以上経った今
 もなぜか本棚に有り、時々思い出しては読み返されています。
 そんなきっかけになったのがこの一文でした。

 伯牛とは孔門十哲と呼ばれる孔子の高弟の一人。徳行の人として知られた冉
 伯牛のこと。その伯牛が病の床につき、やがて危篤に陥ったときに孔子がこ
 れを見舞った時の話がこれだと言われています。
 伯牛の病は頼病だったようです。

 師が弟子を見舞うのに窓から手をとるとはおかしな話ですが、頼病で崩れた
 顔を恥じる弟子を気遣ったためなのでしょうか。

 孔子の思想は有る意味単純で、天は徳を積むものには福を、悪行を重ねるも
 のにはその報いを、直接ではなくとも何時かはそれを与えるものだと言うも
 のだったようです。

 冉伯牛は孔子の門人でも傑出した人物。孔子の考えでは天から祝福されてし
 かるべき人物。それが師の孔子より早く短命に亡くなろうとしている。
 それもただの病気ではなく、人々に忌み嫌われる病気で。

  人がいつかは死ぬ、これは天命で抗うべくもない。だが、おまえほどの人
  物を死なせる病としてこの悪病を選んだ天命とはなんだ

 「斯の人にして斯の疾あるや、斯の人にして斯の疾有るや」と言葉を重ねず
 にはいられなかった孔子を思ってから、論語はずっと本棚にいます。

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2007/03/09 号

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