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【背水の陣】(はいすいのじん)
 [史記淮陰侯伝](漢の韓信が趙を攻めた時、わざと川を背にして陣どり、
  味方に決死の覚悟をさせ、大いに敵を破った故事から) 一歩も退くことの
  できない絶体絶命の立場。失敗すれば再起はできないことを覚悟して全力
  を尽して事に当ること。  《広辞苑》

 一昨夕誕生した福田内閣は「背水の陣内閣」だとか。と言うことで本日は背
 水の陣と言う言葉の回りをめぐってみましょう。

 この話の元になった韓信(かんしん)は、漢王朝を開いた高祖劉邦が、三傑
 の一人として挙げた名将韓信のこと。
 「股くぐりの韓信」と言えば思い出す人がいるかもしれませんね。まあ、中
 国四千年の歴史の中でも屈指の名将、戦いの天才です。

 「背水の陣」を「負けない布陣」だと勘違いする人がいるのですが、本来は
 戦いにおいて行ってはならない危険な布陣なのです。なぜなら敵が強くても
 後ろは川ですから後退は出来ません。後退すれば川でおぼれ死んでしまうか
 ら、この布陣には退路が無いのです。

 韓信がある時、急遽寄せ集められた雑多な軍を指揮して強敵と戦わなければ
 ならない羽目になったとき選択したのがこの「背水の陣」。
 寄せ集めの兵ですから、いざ戦闘となったときにまとまりが無く、また恐怖
 から逃亡者が多数出るであろう事は予想に難くない。そんな軍をいかにして
 まとめて強敵に立ち向かうかを考えた結果がこの「退路を断つ」布陣でした。

 つまり、「逃げてもおぼれて死ぬだけ。助かりたければ敵を倒すしかない」
 と兵士たちに悟らせ、その必死の力を引き出そうとしたものです。用兵の妙
 とも言えますが用兵の天才韓信だからこそ成功した危険な作戦とも言えます。

 寄せ集めの集団、まとまりが悪く指揮系統も乱れがち。そんな集団を率いて
 戦わなければならない・・・。
 現在の、何とかという与党の状況とその総裁の心境にはピッタリ?

 さて、背水の陣で望ぞむ福田内閣の行く末や如何に? 福田首相は逆境をは
 ねのけた名将として記憶されるのか、軍を壊滅させた愚将と呼ばれるのか?
 結果は次の総選挙で、ですね。


オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2007/09/27 号

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