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【胡蝶の夢】(こちょうのゆめ)
 [荘子斉物論](荘子が夢で胡蝶になって楽しみ、自分と蝶との区別を忘れ
 たという故事から)現実と夢の区別がつかないこと。
 自他を分たぬ境地。また、人生のはかなさにたとえる。蝶夢。
  《広辞苑・第五版》

 春と言えば花の季節。
 花といえば蝶。
 という事で本日は、蝶にまつわる言葉です。

 胡蝶の夢は、また「夢に胡蝶となる」などとも言います。
 おそらく荘子の中でもっとも知られた言葉でしょう。
 話はこうです。

  荘周(荘子のこと)はある日、陽当たりのよい縁側辺りでウトウトして夢
  を見ました。夢の中では荘周は蝶になっていました。
  夢の中の荘周は生まれながらにして蝶であって、人間の荘周が蝶に化した
  などという考えはまるで浮かばず、花から花へと移って行きます。

  そうこうするうちにハッと目覚め、自分の身体を眺めるとそれは紛れもな
  い荘周という人間の姿です。ついさっきまで「蝶だ」とおもって少しも疑
  わなかったのに。

 荘周は考えました。人間である自分は蝶になるという夢を見たのだと思いこ
 んでいるがはたしてそうだろうか。
 もしかすると、蝶である自分が人間になった夢を見ているだけではないのか。
 夢と現(うつつ)とはいうが、どちらが夢でどちらが現だと本当に区別がつ
 くだろうか、と。

 夢の中の蝶は、目覚めるまで自分が蝶以外のものであろうなどとは思いもし
 なかったように、人生も一夜の夢で、それに気づかずに生きているのかも知
 れない。

 この荘子の話から、蝶には「夢見鳥」という呼び名が出来ました。
 また、人生を振り返ってそれがあたかも夢の如くであったと思う事を「胡蝶
 の夢の百年目」などとも言います。

 人生が何者かの見ている夢だとしたら、精々佳い夢を見る事にしようではあ
 りませんか。いつか来る目覚めの時に楽しく思いおこせるように。

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2008/04/09 号

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