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【一枚】(いちまい)
 1.紙・板など薄くて幅の広いもの、重ねられるものなどの一つ。
 2.その中のある役割を演ずる、一人。
 3.〔能力などの〕一段階。多く、「一枚上」の形で使う。
  参考.番付にのった役者をその順位によって、一枚目、二枚目、三枚目と
     数えることから。
  《学研国語大辞典・抜粋》

 今日はこの説明の中の 3をテーマとして書いてみます。
 いつか、木鶏 (http://koyomi8.com/doc/mlko/200801160.htm)という言葉を
 取り上げた際に、不世出の大横綱、双葉山のことを書きました。
 この双葉山は 3年間負け無しの69連勝などの大記録を持つ力士ですが、

  自分は技量においても、体力においても、別段衆に優れた素質があった
  わけではない。力などは幕内では「非力」の力士に数えられていた。

 と本人は、意外なことを言っています。
 この非力の大横綱を評した面白い言葉があります。それは、

  双葉山はそんなに強い力士ではない。
  だがこの人は、どの相手よりもただ一枚強いだけだ

 というのがそれです。
 抜群に強いわけではないけれど、誰が相手でもただ一枚だけ強いとはなかな
 か味のある評価です。ただ一枚だけの強さですが、それはまた底知れない強
 さだともいっているようです。

 ただ一枚だけ強い、そして底知れなく強いという事でもう一人思い出される
 人がいます。幕末の剣聖と呼ばれた、直心影流十三世、男谷信友という人物
 です。

 幕末の剣豪などというと、千葉周作であるとか、斎藤弥九郎、桃井春蔵など
 の名前が出てきそうですが、男谷は歴とした幕臣(それもかなり有能だった
 と見えて、随分出世しています)で有ったためか、講談や何かに取り上げら
 れることもなく、知名度はあまり高くありませんが、大勢の剣の名人上手が
 集まっていた幕末の江戸でも、一頭地を抜く実力者だったといわれます。

 彼は、「剣は剣術、槍は槍術でよい。何々流などと一つの流派に縛り付けら
 れていては、飛び抜けた名人は生まれない」といって、他流との試合を奨励
 しています。当然彼自身も多くの他流のものから試合を申し込まれる結果と
 なりますが、これを拒むことはなかったそうです。

 彼は他流の者と試合をする場合は必ず三本勝負行っています。そして面白い
 事になぜか、いつも二対一で彼が勝っています。圧勝が有りません。
 他流試合の場合、一方的な試合展開で勝敗が決した場合、負けた方は流派の
 恥と遺恨を残す事が多々あり、これが剣の修行にとって悪弊となると考えた
 男谷は、負けた側も面目の立つ余地を残すように、一本を譲ったようです。

  私とあなたの差は、ほんの一枚だけです。

 というわけです。
 ただ男谷の凄さは、相手がどのような強敵であってもその試合運びが全く変
 わらず、誰にもこの一枚の差を越えさせなかったことです。少し考えただけ
 で常に二対一で勝つことは圧勝するより余程難しいことがわかります。
 このように相手の強さにかかわらず、常にただ一枚だけ強い男谷の本当の実
 力は誰も推し量ることが出来ず、

  男谷がどれほど強いのか、その強さの底は知れない

 と評されるようになったそうです。
 たった一枚の違いといっても、その一枚の違いが無限の差を生む元にもなる
 ことを双葉山や男谷信友は教えてくれているようです。

 ※余談ですが、男谷信友は勝海舟の従兄弟にあたります。勝海舟の父親、勝
  小吉とは歳も近くて、若い頃は一緒に暴れた仲だとか。勝海舟に蘭学を学
  ぶように勧めたのも男谷だそうです。ただ剣が強いだけではなく、広い視
  野を持っていた人物のようです。


オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2008/04/20 号

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