こよみのぺーじ 日刊☆こよみのページ スクラップブック  (PV , since 2008/7/8)
【一人でも反対があれば橋を架けない】
 今日はちょっと変わったコトノハです。
 普段は、取り上げた言葉についての辞書の解説文から書き始めるコトノハで
 すが、流石にこの言葉は私の持っている辞書類にはありませんでした。
 あれば書き出しが楽だったのに。

 この言葉は美濃部亮吉元都知事の「橋の哲学」として知られていると思いま
 す。かく言う私もそう思っていましたが、フランツ・ファノンという人物の
 言葉の引用のようです。

 美濃部都知事時代というのは1967〜1979年の間。私の年齢で考えると物心が
 ついてしばらくした頃から高校生の頃までの期間にあたります。この年齢か
 ら考えると、この言葉が最初に印象に残ったのは、美濃部都知事時代の最晩
 年、私が高校生の頃だったと思われます。
 さて、最初にこの言葉が記憶に留まった時には、これと同時に、

  そんな馬鹿な話が本当にあるの?

 という疑問が湧き、この言葉と共にこの疑問も記憶に留まりました。
 どんなに善い事柄にでもそれに異を唱える人が一人もいないというのは考え
 難い(何処かの独裁国家以外では)ことですから、そんなきれい事では何一
 つ実際に行動出来ないじゃないかと、中学生〜高校生位でもそう疑問に思っ
 たのです。
 それ以後も時折この言葉を耳にしましたが、その度に記憶していた「本当?」
 という疑問が思い出されたものです。

 二三年前に何かの本を読んでいて、この言葉にはこれに続く後段があること
 を初めて知りました。後段も続けて書けば

  一人でも反対があれば橋を架けない。
  泳いで渡 るか船で渡ればいい。

 となります。言い回しが多少違ったものもありますが、意味は概ねこのとお
 り。こう言ってもらえれば高校生の頃の私の抱いた疑問も氷解。橋を架けな
 いことによって被る不便に耐えることを前提としてなら解ります。

 百人一首のように上の句だけ読めば、下の句を読まなくとも下の句が書かれ
 た札が解るようなもので、皆が上の句も下の句も記憶している状態でなら上
 の句だけを読んで、下の句を省略しても何ら問題ありません。

 「橋の哲学」も百人一首と同じように、前段の言葉と後段の言葉はペアで一
 組と解っていれば前段だけを言えば意味は通じていたのでしょうけれど、私
 のように片割れ(前段)だけしか知らないと、誤解が生じてしまいます。
 恥ずかしいことに、「一人でも反対があれば・・・」を耳にしてから、私は
 二十年以上、誤解していたようです。

 最近でも時折この「一人でも反対があれば・・・」という言葉を使って自分
 の主張を正当化する人を見かけるのですが、多くの場合なぜか前段の言葉し
 か使いません。なぜでしょうか。

  1.前段だけ言えば後段は皆が思い出すはずと思って省略している
  2.後段は思い出して欲しくないから言わない
  3.後段を知らないだけ

 答えは如何に?

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2008/11/24 号

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