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【師走】(しわす)
 陰暦12月の異称。また、太陽暦の12月にもいう。
 極月(ごくげつ)。冬の季語。
  《広辞苑・第五版》

 1.経をあげるために師僧が東西を馳せ走る月であることから。
  シハセ(師馳)の義。
 2.四季の果てる月であるところからシハセ(四極)月の意。
 3.トシハツル(歳極・年果・歳終)の義。
 4.ナシハツルツキ(成終月)の略転。
 5.農事が終わり、調貢の新穀をシネハツル(歛果)月であるところから。
 6.稲のない田のさまをいうシヒアスの略。シは発声の助語。ヒアスは干令残
  の義。
 7.セハシの義。
 8.シバシ(暫)の月の義。
  《日本語語源大辞典》

 睦月、如月・・・師走のような日本で生まれた月の呼び名を和風月名などと
 いいます。和風月名は日本にしっかりした暦が伝来する以前から自然発生的
 に生まれた言葉ですから、語源の話になるとはっきりこれと決めることはで
 きません。
 語源辞典などの例を見れば、その「はっきり決められない」様がよくわかり
 ます。

 師走は、俗には「先生も走り回るほど忙しい月」と言われます。
 今、「師」というと「師匠」とか「師範」とかの意味を連想するので「先生」
 となるのだと思います。私がこの俗説を初めて耳にしたのはいつのことかと
 いえば、それはたぶん中学生ぐらいの時。

 「十二月は忙しくて先生が走り回る月って、二学期の終わりだからというこ
  とかな。本当に外を走り回る先生の姿なんて見たこと無いけど。」

 と中学生の私は思ったのですけれど、だれも先生が忙しい理由を教えてはく
 れませんでした。先生ではなくて、お坊さんたちが年越しの祓えの読経のた
 めにあちこち呼ばれるために忙しくなるというのなら、納得できます。胸の
 支えが降りた気分です(もっとも現代は、個人の家で年越しの祓えの読経な
 んてしないですけれどね)。

 考えれば、「しわす」という言葉は日本に仏教が伝来して、年越しの祓えの
 ための読経などの慣習が出来る以前にすでにあったという気がしますから、
 本当に古い意味は、歳果月とか成終月なのではないでしょうか。

 先に書いたとおり、古い言葉の本当の語源など長い年月の霧の中で定かに見
 定められないものですが、慌ただしい日々の合間にそんな霧の中の語源のよ
 うな浮世離れした問題を考えるのはいかが?

 昔は「法師」が走るだったものが、時代とともに師が「師匠」に変わり、師
 匠から先生も走るなんて考えられるようになりましたが、今後は「師」を学
 校の先生ではなくて、塾の講師の「師」と考えるようになるかも。意味は、
 受験シーズン目前で塾の講師も走り回る月・・・かな?
 なんて、あらぬ空想まではじめれば、それだけで楽しい時間が過ごせますよ。

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2008/12/20 号

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