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【祈ること久し】
 子疾病 子路請祷 子曰有諸 子路對曰有之 誄曰祷爾于上下神祇
 子曰 丘之祷之久矣
   《論語・述而篇》

 子の疾(やまい)病(へい)なり。子路祈(祷)ることを請う。
 子曰く「之有りや」
 子路答て曰「之あり。誄(るい)に曰く『爾(なんじ)を上下の神祇に祈る』
 と」
 子曰く「丘(きゅう)の祈ること久し」

 この話には登場人物は二人。孔子(「丘」は孔子の名)とその最も古くから
 の弟子、子路です。
 孔子が病気になり、病状が思わしくありません。
 心配になった子路は、師の病気がよくなるように祈りたいと孔子に願い出ま
 す。

 孔子は、「そんな理(ことわり)や前例はあるか」と子路に聞き返します。
 子路は、「誄という書に『あなたのことを上下の神々に祈る』とあります」
 と答え、さらに祈らせて欲しいと願ったところ、孔子は

 「そう言うことなら、私はずっと祈り続けてきたよ」

 と答えています(結局、子路の願いは退けられたわけです)。

 子路は孔子が若いときから師事しつき従ってきた弟子で、孔子との年齢差は
  9歳。ちょっと単純ですが曲がったことは絶対にしない、そして孔子のこと
 を大変に尊敬しているという弟子でした。孔子から見ると、弟子と言うより
 年の離れた弟といった存在だったかも知れません。

 こんな子路ですから、孔子が病気になってその様態が思わしくないので心配
 で居ても立っても居られない。何か師のために出来ることはないかと考えて
 この神への祈祷を思いつき、願い出たわけです。
 わざわざ願い出たのには、「子、怪力乱神を語らず」という孔子の普段から
 の態度があったと考えられます。
 (怪力乱神 ⇒ http://koyomi8.com/doc/mlko/200803090.htm )

 心配のあまり神にもすがりたい子路ですが、超常的力や、理性で説明出来な
 いような事柄を語ることを避ける孔子の態度を知るだけに、いきなり祈祷を
 することは憚られたのでしょう。「誄」という書物に「あなたのことを上下
 の神々に祈る」と書かれている例まで探してきて、病気平癒の祈祷を師に願
 い出ています。

 どうしようもないときには神にもすがりたい、神頼みをしたいという気持ち
 は、現代の私たちにもあることです。ましてや2600年も前の古代の人々なら
 そうした気持ちを持つことはちっとも不思議ではありません。子路の気持ち
 はよくわかります。
 しかし、祈祷をしたいという子路の願いに答えた孔子の言葉は、予想外のも
 のでした。

  私はずっと祈り続けてきたよ(だから、殊更に祈祷などする必要はない)

 孔子の思想はある意味では単純で、人の行いは天(神と言い換えてもいいか
 もしれません)がこれを見ていて、その正邪を判断し、それに応じて禍福を
 もたらすものだというものです。

 こう考えた孔子ですから、おそらく正しく生きることこそ天に対して祈るこ
 とだと考えていたのではないでしょうか。特別な加持祈祷をすることはなか
 ったが、自分は常に天に、神々に祈って生きてきた。自分の生き方が祈りそ
 のものなのだから、今更特別な祈祷をする必要はないよと、子路の願いを退
 け、また「祈る」とはどういうことかを子路に示したのでは無いでしょうか。

  丘の祈ること久し

 無闇に、怪力乱神を語ることの無かった孔子ですが、それは神を信じていな
 かったということではありませんでした。

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2009/05/10 号

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