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【轍鮒の急】(てっぷのきゅう)
 さし迫った危険・困窮。
  《広辞苑・第五版》

 西洋にはイソップの物語として知られる有名な寓話集があり、現在でも広
 く読み継がれています。
 イソップ物語といえばウサギとカメ、アリとキリギリス、酸っぱい葡萄など
 面白くて、かつ教訓に富んだ寓話の数々を思いおこすことでしょう。

 イソップ物語は紀元前 6世紀の奴隷、アイソーポス(イソップ)の作だとい
 われます(全てが彼の創作というわけではないようですが)。このアイソー
 ポスに勝るとも劣らない寓話の創作者が東洋にもいました。それが荘子です。

 荘子(荘周)は紀元前4〜3世紀頃に生きた中国古代の思想家で、現在では老
 子と共に「老荘」と称される道教の始祖の一人として知られた人物です。
 今日取り上げた言葉、「轍鮒の急」もこの荘子が作り出した物語に登場しま
 す(荘子・外物篇)。

 荘周は貧乏で、食べ物にも事欠くことが度々ありました。あるとき、やはり
 明日の食べ物も無くなって困った荘周は、その地を治める領主である監河候
 という人物をたずねて穀物の無心をしたところ、監河候の答えは、

  あと二三日もすれば領地から税金が入るので、わずかな食べ物などと
  いわず、三百金を貸してあげましょう

 これを聞いて荘周が語ったのが轍鮒の急の物語です。

  昨日、ここに来る途中で私を呼び止める声がしました。見ると、道の上に
  轍(わだち)があり、その轍ににたまった水溜まりの中いた一匹の鮒(ふ
  な)が声の主でした。私がどうしたのかと訊ねると、
   「水が干上がって死にそうです。少しばかりの水を汲んできて助けて
    下さい」

  といいました。私(荘周)は、

   「よし、私は呉や越といった大河のある地方に遊説にゆくから、着いた
    ら、その国の王にお願いして、大河の水を沢山運んでやるよ」

  と答えたところ、鮒は怒り出して

   「私は今、生き延びるためのわずかな量の水が無くて困って頼んでいる
    のに、そんな悠長なことを言うのならもう結構だ。遊説から帰ってき
    たら、その時は干物屋の店先で私を探すがいい」

  とそんなひどい言葉を投げかけてきたのです。

 監河候が荘周に貸し出すといった三百金はかなりの大金です。監河候は多分
 こんな大金を荘周に貸すつもりなどハナからなく、面倒な目の前の荘周をと
 りあえず帰すためにこんな出まかせを言ったのでしょう。
 荘周にしたってそんなことは百も承知で、そんな監河候に、「貸すなら今す
 ぐ貸して。そのつもりが無いのならはっきりいいなさい」とチクリとやった
 わけです。

 荘周が天才的な物語作者であったことをよく示す逸話です。
 さて、この「チクリ」が効を奏して荘周が「轍鮒の急」を乗り切れたか否か、
 残念ながら結末は荘子に書かれていません。
 轍の水溜まりの鮒と、食べ物のない荘周が危機を脱したか否か、その結末を
 語らず、読む者に想像する楽しみを残す辺りも、天才荘周の周到な物語り作
 りなのかもしれません。

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2009/07/12 号

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