こよみのぺーじ 日刊☆こよみのページ スクラップブック  (PV , since 2008/7/8)
【逐鹿】(ちくろく)
 1.[史記淮陰侯伝「奏その鹿を失い、天下ともに之を逐う」]
  (鹿を帝位にたとえる。また、「鹿」の字音が「禄」に通ずるところから)
  帝位を争うこと。
 2.政権や地位を得るために、互いに競争すること。特に、議員選挙などに候
  補者となって票を争うこと。
 →中原(ちゅうげん)に鹿を逐(お)う(「中原」成句)
   《広辞苑・第六版》

 中原とは黄河中流域に広がる平原で、中国文化の発祥の地と考えられていま
 す。中原では幾多の王朝が勃興滅亡を繰り返したことから、天下の中心、政
 権競争の場という意味を持つようになりました。

  「奏その鹿を失い、天下ともに之を逐う」

 と広辞苑の説明に取り上げられた言葉で、政権争奪の争いをこう表現した淮
 陰侯とは、楚漢戦争で漢の劉邦に仕えた名将韓信(「韓信の股くぐり」の韓
 信)。

 この語は始皇帝によって中国全土を征服した秦が、始皇帝没後短期間で瓦解
 した後、秦に替わって中国の支配者になろうとして争った群雄たちの姿を、
 その争いの中で戦った当事者の目から表現したものでした。
 秦末〜漢初の時代に起こった群雄間の乱戦の様子が「我先に」と駆け回り、
 鹿を追う人々の狂乱の様子としてよく伝わってきます。

 「逐鹿」は、このように二千年も前に生まれた古い言葉ですが、今でも大き
 な選挙が行われる時には、思い出され、使われ続けています。

  中原に鹿を逐う

 という言葉にはどこか優雅な響きがあることが、この古い言葉が使われ続け
 る理由でしょうか。

 しかし考えてみると群雄たちが鹿を追う中原とは人々の住む場所でもありま
 す。群雄たちが鹿を追って駆け回るその足下にはこの争いの巻き込まれて殺
 され、家を焼かれ、田畑を踏み荒らされる無数の民衆があったことを忘れて
 もらっては困ります。

 「逐鹿」「中原に鹿を逐う」は古い言葉。今では選挙の時にしか使われるこ
 とは無い言葉ですが、ここ十数年、滅多に使われないはずのこの言葉を頻繁
 に耳にするようになった気がします。

 毎年のように鹿の争奪戦を行う人たちの姿を眺めながら思うことは、たまに
 は鹿だけでなく、足下に広がる大地とその大地に生きている沢山の民衆、国
 民にも目を向けてくれないかなということばかりです。

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2011/08/27 号

こよみのぺーじ 日刊☆こよみのページ スクラップブック