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【左遷】(させん)
 [漢書](中国で、右を尊び左を卑しむ習慣があったところから)高い官職か
 ら低い官職におとすこと。
 また、官位を低くして遠地に赴任させること。左降。
 「閑職に左遷される」
   《広辞苑・第六版》

 1/25(今日ですね)は「左遷の日」ということで、この言葉を取り上げてみ
 ました。それにしても「左遷の日」とは、いろいろな記念日があるものです
 ね。ついでながら1/25は、「お詫びの日」でもあります。散々な日です。

 出典の漢書は、劉邦が開いた中国の漢王朝の歴史を記したものです。
 左遷の語はその劉邦がその後ライバルとなる項羽によって「漢」の王に任じ
 られた処遇について、劉邦の配下の者が語った言葉の中に登場します。

 劉邦は秦の都に一番乗りした武将で、秦打倒の功労者であるにも関わらず、
 当時は僻遠の地と考えられていた漢中の地を与えられたことは、降格にも等
 しい処遇であることが「左遷」という言葉で表現されています。

◇右と左
 「左遷の日」は、右大臣であった菅原道真が、左大臣藤原時平の策略で大宰
 権帥に左遷された日を記念(?)したものです。
 さて、ここで右大臣と左大臣、「右」と「左」の大臣が登場します。
 左遷という言葉は「右から左にその位置を遷す」ことで、これが降格の意味
 になるとするなら、右大臣の方が左大臣より偉いことになります。

 広辞苑の説明には「中国で、右を尊び左を卑しむ習慣があった」とあるよう
 に、中国の場合は一般的に右と左の大臣があれば、右の大臣の方が上位とな
 ります。漢書で描かれた時代でもこれは同じ。
 たとえば漢の時代には、右丞相と左丞相という位がありましたが、右丞相の
 方が上位の官職でした。
 これなら「左遷」が降格であると云うことは間違いないですね。

 ところが日本においてはこの関係が逆になっていました。日本において右大
 臣と左大臣がいれば、左大臣の方が高い地位となります。
 これは、日本が官職制度の手本とした時代の中国の王朝が中国の伝統からす
 ると異例の「左を上位」とした王朝だったからです。

 「左遷の日」が菅原道真の故事によって考えつかれた日本生まれの記念日な
 ら、降格人事を表現するのも日本の官制を考えて

  「右遷」

 とするべきだったかも・・・。
 まあ、「降格は左遷か右遷」なんて戯言をいう前に、そんな憂き目を見ない
 ように、さあ今日も頑張ることにいたしましょう。

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2012/01/25 号

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