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【余桃の罪】 (よとうの つみ)
 [韓非子説難](衛の弥子瑕(びしか)は、自分の食べかけの桃を分けて喜
 ばれるほど衛君に愛されていたが、容色衰えてから、そのことを理由に罪せ
 られたという故事から)君寵の頼みがたいことにたとえていう語。
   《広辞苑・第六版》

 広辞苑の説明にある意味以外に、愛憎の変化の甚だしいために、思わぬ罪を
 得ることがあることのたとえとしても使われます。

 若い頃の弥子瑕(びしか)は衛の国一番の美少年で衛の君主の寵愛を受けて
 いました。
 ある時、夜中に母が病気になったという知らせを受けた弥子瑕は、許可を受
 けたと偽って勝手に君主の馬車を使って母の下に駆けつけました。本来であ
 れば、君主の馬車を勝手に使ったものは足切りの刑に処せられるのですが、
 この話を聞いた君主は、

  「母を思うあまり、足切りの刑を忘れてしまうとは、なんと親孝行な者
   ではないか」

 といってその罪を赦し、かえってこれを褒めました。
 ある時、君主と果樹園に遊んだときには、もぎ取って食べた桃がとても美味
 しかったので、自分の食べかけの桃を君主にも食べてもらおうと、これを手
 渡しました。

  「美味しいものは誰でも食べたいものだが、美味しい桃を食べれば、私
   に食べさせたいと思うとは、なんと私を思う心の篤いことか」

 と、またこれを褒めました。
 こんな弥子瑕でしたが、年月を経ると悲しいことにその容色は衰えて行きま
 した。容色が衰えるとともに君主の寵愛も失われました。

 こうなってしまうと、かつては賞賛の対象であった行いの数々も違った目で
 眺められるようになります。君主は云います

  「この者は以前、私の馬車を勝手に乗り回し、自分の食いかけの桃を私
   に食べさせるという無礼をはたらいたことがあったけしからん者だ」

 と。
 君主の寵愛だけを頼りにしていた弥子瑕は、その寵愛が失われたときに、か
 つては誉められたその行為のために罰せられることになってしまいました。

 弥子瑕の節度の無い行いを考えれば、仕方が無い結末かなとも思えますが、
 この君主も君主。「馬鹿殿」と呼びたいところです。
 ただこの馬鹿殿を馬鹿殿と笑ってしまうのは簡単ですが、自分や自分の周囲
 の人を思い浮かべると、笑ってばかりもいられない話です。

 「愛してはその命長からんことを願い、憎んではその死を願う。
  これ惑いという」

 とは孔子の言葉。
 人は誰でもこの「惑い」を持つ者です。
 頼るべきでないものに頼り切ってしまった弥子瑕の轍を踏まないようにした
 いものです。

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2012/01/28 号

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