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【貧者の一灯】(ひんじゃの いっとう)
 貧しい者が苦しい生活から出費して神仏に供える、真心のこもった一つの灯
 明。たとえわずかでも、心のこもった行為こそ尊いということのたとえ。
 「長者の万灯より貧者の一灯」
   《旺文社 成語林・初版》

 今更解説するまでもなくよく知られた言葉です。

 有り余るほどの財産をもつ長者が納めた万の数の灯が強風によって吹き消さ
 れた後も、貧しい者が苦しい生活の中からやっと納めた一本の灯明だけが消
 えずに残った。行いの尊さとは物理的な量ではなく、どれだけ真心を込めた
 によって量られるものだという教えです。

 蝋燭の灯の明るさという見えるものの背後に潜む、目に見えない精神性の高
 さを感じ取ることというのは大切なことです。こうした話に感動する心を持
 つことは大切なことです。
 しかし、この話には一面の危うさも感じてしまいます。
 
 どうも、私たちの中には「貧者=善人」「富者=悪人」といった構図がある
 ように思います。かつて、長寿番組の代名詞といってもよかった時代劇に、
 水戸黄門がありました。この番組では悪人は金持ちの越後屋で、善人は裏長
 屋に住む貧しい職人の親子といった取り合わせがほぼ定番でした(かなり乱
 暴な言い方ですけど)。

 こんなパターンが成り立っていたのも、「貧者=善人」「富者=悪人」とい
 う構図が私たちの心の中にあったからではないでしょうか。こうしたイメー
 ジのためか、どうも世間では富者の行為は割り引かれて見られ、貧者の行為
 その分高く評価されてしまうきらいがあるように私は感じるのですが、皆さ
 んはいかがでしょうか。

 近頃はいくらか緩和されてきましたが、武漢肺炎騒動が起こって以来マスク
 不足が問題になっていました。そうしたご時世でしたので、マスク不足で困
 っている自治体などへのマスクの寄付の話が時折ニュースになりました。中
 学生が貯めていたお小遣いやお年玉のお金で材料を買って、手作りのマスク
 を何百枚も寄付したというようなニュースを、皆さんも覚えているのではな
 いでしょうか。

 このご時世ですから、こうしたニュースには心を温められましたし、こんな
 真心のこもったマスクをいただいた人たちにとっては、それはただのマスク
 以上の尊いものに思えたことでしょう。私も、いい話だなと思いました。し
 かし、マスクを寄付したのは人ばかりではなく、企業が行ったものも何万枚
 という単位のものもありました。

 企業の行った万単位の寄付の話は、寄付されたマスクの数量の割にはニュー
 スにならなかったように思います。富者=悪人のイメージとまでは言わない
 までも、大企業ならそれくらいやって当たり前という感覚は、みんな何処か
 に満っているのでしょう。

 込められた真心の量は灯の数では量れないというのは一面の真理ではありま
 すが、現実の問題を解決する上で灯の数が重要だということもまた、もう一
 つの面の真理です。

 貧者の一灯の精神と、長者の万灯の現実的効用。
 どちらも忘れてはいけない大切なことですね。

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2020/05/12 号

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