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■曜日の来た道 (その4)
 ユダヤ人は、七日間の創世神話に基づいた一週間のサイクルで生活をしてい
 ました。そのユダヤがローマ帝国と接触するようになるのは、BC63年。共和
 制ローマ帝国の属州となって、その統治を受けることに始まります。イエス
 が生まれたのはこの約60年後の時代です。

 さて、この時代まではまだシナイ半島の一部に住むユダヤ人独自の宗教であ
 ったユダヤ教が、イエスの登場とローマ帝国との接触がきっかけとなって世
 界宗教への道を歩き出します。
 その宗教的な意味合いについては、専門外のことですのでここまで。背景を
 説明したところで曜日の話に戻ります。

 当初はローマ帝国では禁教であり、弾圧を受けたキリスト教ですが、時代が
 進むにつれその信者を増やしてゆきます。そしてAD 313には全ローマ帝国を
 統一したコンスタンティヌス大帝が信教の自由を認めた「ミラノ勅令」を発
 し、自らもキリスト教徒となったこと、AD 321年にはキリスト教のローマ帝
 国国教化が宣せられたことによって、キリスト教は世界宗教として拡がって
 ゆくことが決定的となりました。

 曜日についてもこのAD 321のローマ帝国国教化は重要な節目です。なぜなら
 このときに「主をたたえる日」として主イエス・キリストが復活したとされ
 る日曜日が公的な休日と決定されたからです。
 このことは、曜日が正式な暦(当時はユリウス暦)に記載されるようになっ
 たと言うことですから、非常に重要です。

 (余談ながら、ユダヤ教および原始キリスト教では礼拝等を行う安息日は、
  土曜日。これからすると創世記に書かれた創世の七日の最後の日は土曜日
  と考えられます。)

 ローマ帝国はその版図をヨーロッパ、北アフリカ、中央アジアまで拡げてゆ
 きます。この広大な版図内では行政や通商の便を考慮して統一された一つの
 暦(ユリウス暦)を使っていましたから、曜日は一部地域の一民族の使って
 いたローカルなものから、世界的なものへと発展することになりました。

 そして遠く離れてはいても西の大帝国ローマと、東の大帝国中国(漢〜)と
 の間にはシルクロードを通しての交易が行われていましたから、このシルク
 ロードをたどって「曜日」もまたローマから中国へと伝わって来ました。

 とようやく曜日がアジアへ伝わる当たりまで話が進んだところで本日はこれ
 まで。明日は日本への曜日の伝来まで話を進めたいと思います。
 ではまた明日。

  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
   magazine.std@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2006/11/06 号

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