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■亥の子の日
 旧暦の十月の亥の日は、
  亥の子(いのこ)・玄猪(げんちょ)・厳重(げんじゅう)・御なり切
 と言われ、亥の子餅(いのこもち)を食べるとか、亥の子突きという男の子
 が藁や石で地面を打つ行事が行われました。

◇亥の月、亥の日
 亥の月亥の日の行事は中国でも日本でも古くから行われていました。

 十二支の亥は、易(えき)の卦では「坤為地(こんいち)」。
 坤(こん)は陰の極み、地もまた陰の極み。為に「亥」は極陰を表します。
 つまり亥の月、亥の日は、極陰月、極陰日というホント、陰気極まりない日
 と言うことになります。

 なんだか「陰気な気分」になりそうですが、易では「陰極まりて陽に転ず」
 と言います。陰がきわまったのであとは陽となるばかり。十二支も最後の
 「亥」まで来れば次は新しい循環の始まり「子」に転ずるわけです。
 と言うわけで、この日には陰陽一年の循環の総決算的な日という意味があり
 ました。

◇亥の子餅
 玄猪には亥の子餅を食べる、あるいは亥の子餅を与える日でもありました。
 亥の子餅は丸めた餅、またはぼた餅。

  「十月亥の日に餅を食えば、万病を除く」

 と言われて、健康を保つ呪いとしてありがたがられた行事です。亥の子餅な
 ので、形も単に丸いだけでなく「亥の子の形」に作ったとも。
 穀類や丸い玉はお馴染み五行説では「金気」。五行相生説では

  「土は金(金属)を生ず」

 先に書いたように十月(亥月)は「地の極みの月」。つまり米(穀類)で作
 る丸い餅は地の極みの日に地が生み出した金気の象徴を食べるという意味が
 ありますから、一年の地の恵み、収穫に対する感謝の行事でもあります。

 宮中でも、また江戸時代では江戸城でも、亥の子餅を臣下や家臣・大名へ与
 えたました。
 では庶民はというと、そんな堅苦しいことは考えなかったのでしょうが、
 御亥の子の餅を食べるのはやはり年中行事の一つだったようです。

◇亥子突き
 亥の月、亥の日に男児が藁や、石で地を打つ行事を亥の子突きと言います。
 極陰月、極陰日に陰の極みに地を、陽の気を持つ「男」の子が打つというの
 は、陰陽交合の行事だと考えられます。

 陰の極みの日に陰陽を交合させ、新しい陰陽の周期(一年の周期、栽培と収
 穫のサイクルなどなど)を開始させるといった呪術的な行事が今に伝わった
 ものだと考えられます。

◇亥の月、亥の日は「炬燵の日」?
 この日はまた、火鉢や炬燵と言った暖房器具を出す日でもありました。
 暑くても寒くてもやそんなこととは関係なく、「節目の日」を大切にするの
 が、粋な行動。ということで江戸の人たちはこの日に一斉に火鉢を出し、炬
 燵を設えたといいます。

 この行事、実は宮中(「厳重」の行事)でも同じように行われていて、歴史
 は古い。
 ついでに言えば、江戸では十月の一の亥の日に暖房器具を使い始めるのは武
 家の作法で、町民は二の亥の日としていたとも言います。

◇現代は・・・
 粋でもないし伝統よりも現実を受け入れる私は、もう大分前から暖房を使っ
 てしまっています。日本人の風上にも置けないやつです。
 でも、亥の子餅を食べる慣習にだけは染まってしまおうかな?


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オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2006/11/30 号

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