こよみのぺーじ 日刊☆こよみのページ スクラップブック  (PV , since 2008/7/8)
■「おばけ暦」の誕生
 明治の改暦後、おばけ暦と呼ばれた暦が生まれました。
 「おばけ暦」だからって、何月にはどんなおばけが出ると言ったことが書い
 てある訳では有りません。誰が何処で作っているかつかみ所のないゲリラ発
 行の暦だったため、おばけ暦とか単に「おばけ」と呼ばれたのです。

 さて、ではなぜおばけ暦がゲリラ発行されなければならなかったのでしょう
 か。これは明治改暦によって暦から姿を消してしまったものに変わるものを
 記載していたからです。
 その明治改暦以後暦から姿を消したものというのは、暦注です。

 明治改暦はそれまで使われてきた太陰太陽暦から太陽暦への大改暦だったの
 ですが、実はそれだけではなく、それまで暦に沢山書かれていた暦注と呼ば
 れる、日の吉凶(お日柄です)に関する記述が全て「禁止」されたという点
 でも大改暦だったのです。

 改暦の詔勅では、暦注の類を迷信であり人心を惑わせるだけのものだとあり、
 これがために暦への記載を禁止し「官暦」からは暦注が一斉に姿を消しまし
 た。暦注大絶滅です。
 まあ、これ自体は正しい判断だとも思いますが、それまでの

  「暦注てんこ盛り」

 の暦に慣れ親しんできた世間一般の者達にしたら、なんだかやたらとすっき
 りしたというか、「スカスカ」になってしまった官暦が寂しく見えたようで
 す。何処にでも、「昔は善かった」という声はあるもので、そうしたニーズ
 に応えたのがおばけ暦だったのです。

 ではなぜゲリラ発行されたのかというと、当時は暦は政府から許可を得て出
 す物でしたから、誰でも勝手に作れる物ではなかった。ところが政府が禁止
 した暦注を書き込む訳ですから、そんな暦を政府が許可する訳がありません。
 となれば残る手は一つ、官憲の目を逃れてこっそりと非合法の暦を出すしか
 ない訳です。そして、何処の誰が発行しているのか解らない「おばけ」が出
 来たのでした。

 おばけ暦は改暦以前に刊行された「略暦」という比較的簡便な暦の体裁を真
 似て作られました。発行者の欄には、

   大阪市西区新町 福永嘉兵衛

 なんて縁起のよさそうな名前が選ばれていたようですが、もちろんこの発行
 元は架空の物。実在しません。実際の発行元は官の摘発を畏れて、点々とし
 ます。だからつかみ所のないおばけなわけです。

 それまでずっと暦を飾ってきた沢山の暦注が一気に絶滅してしまって、寂し
 い思いをしていた人々には、懐かしい暦注が書かれたこの「おばけ暦」に対
 する需要が有りました。
 需要が有れば、危ない端を渡っても供給してもうけようと言う人も後を絶た
 ず、おばけは撲滅されることもなく生き残りました。

 現在年末になると一般の書店に大量に列ぶ「○○運勢暦」のような名前の暦
 は、この明治のおばけ暦の末裔なのでした。


  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
   magazine.sp@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2007/01/13 号

こよみのぺーじ 日刊☆こよみのページ スクラップブック