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■旧正月と小正月
 本日の旧暦の日付を見ると、 12/30。師走の晦日です。つまり大晦日。
 現在の暦に慣れた目には、 12/30と見るとああ翌日は 12/31で大晦日になる
 んだなと思ってしまうことがあるのですが(私も一瞬そう思いました)、旧
 暦は太陰太陽暦ですから、「31日」という日付はありません。
 よって、本日が旧暦の大晦日、明日はいわゆる「旧正月」となります。

◇古い旧正月が小正月?
 今でも地方によっては、旧暦で一年の年中行事を行っているというところが
 あります。かなり根深くこの旧暦の行事が残っているところとしては沖縄が
 思い浮かびますが、沖縄ほどでないにしても旧暦の行事が残っている地方は
 多いです。

 旧暦が廃止され、新暦が使われだしたのが明治 6年(AD1873)ですから、 130
 年を経過してもまだ使われ続けているというのはなかなかすごい。
 どこまで残り続けるものなのでしょうか。

 ここで思い浮かぶのが小正月。
 小正月は、正月15日から行われる様々な行事の総称と言えるでしょうか。
 現在も、全国各地で餅花(もちばな)・繭玉(まゆだま)を飾ったり、小豆
 がゆを炊き、またその粥で占いをたてて一年を占うなどの行事が行われてい
 ます。

 餅花・繭玉は水木、榎、楊などの枝に花に模した紅白の餅をつけて柱に挿す
 ものです。ここで用いられる水木や榎、柳などの木は現在正月様や門松やと
 して知られる年神の依り代として使われる木々と同じものであったのでは無
 いかと言われています。

 年神が新しい年の霊力を運び、依り代に宿るとそこに実りの象徴である餅の
 花が咲くと考えれば、一年の農作業が成功裏に終わることを祈る行事である
 ことが理解出来ます。

 また、旧暦の平年は餅花の枝を十二本に、閏年は十三本に切るという伝統
 (平年は十二ヶ月、閏年は十三ヶ月あることの象徴でしょう)を残す地域も
 あると言うことを考えると、小正月は本来は新年を祝う行事だったのだろう
 と考えられます。

 中国から「新月」を月首とする暦が輸入され、これが公的な暦として採用さ
 れる以前は、日本にはもっと素朴な「満月」を月首とする古い暦があったの
 だろうと考えられています。「新月」を知るためにはかなりの天文学的知識
 が必要。それに比べると満月は、

  見れば分かる

 現象ですから、満月から始まる太陰暦というのは、天文学的な知識があまり
 無い時代でも簡単に作ることが出来たものです。そして、小正月や盂蘭盆の
 行事などを見ると分かりますが、満月のとき(旧暦で言えば、15日、つまり
 十五夜)に行われていた行事が今も多く残ります。こうした行事は古い古い
 時代の満月から始まる暦の時代の行事の残滓ではないかと考えられます。

 やがて公的な正月行事は、中国から入ってきた新しい暦(古い時代の新暦?)
 の正月元日へと移っていっても庶民の間では私的な行事として古い暦(古い
 時代の旧暦?)の行事が、残りこれが公的な正月、大正月と私的な正月、小
 正月になったのだと考えられています。


◇話は戻って、現代の旧暦
 さて「古い時代の旧暦と新暦」の話をしたところで、「新しい時代の旧暦と
 新暦」である、現在の旧暦と新暦の関係ですが、やはり公的な行事であった
 り、広い社会的な繋がりの中で行われる行事の多くは、正式な暦である新暦
 の日付によって行われるようになり、私的な行事、狭い範囲で行われる地域
 行事は、旧暦での行事として残るという、「古い時代の旧暦と新暦」で起こ
 ったことと同じことが起こり始めているように思えます。

 古い時代の旧暦と新暦の分化によって生まれたと思われる小正月行事はその
 考えが正しければ、千年以上も「古い時代の旧暦」の伝統を残しています。
 旧暦は何時は消え去る暦だと思っていますが、生まれた理由は忘れられても、
 「旧正月」なんていう行事自体は、ずっと残っていくのかもしれませんね。


  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
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オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2007/02/17 号

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