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■地球温暖化を旧暦は予言している? ・・・ その2
 「旧暦はずっと昔から現代の温暖化を予言していたのだった!」

 19世紀以降、旧暦の閏月は夏場に集中し、冬に入ることがほとんど無くなっ
 たという衝撃の事実(?)の報告で終わった昨日に続いて、本日はその謎解
 き編です。昨日掲げた 1〜18世紀までの閏月の配置と19〜21世紀のそれとの
 比較を再掲載します。

  春(1〜3月): 25.4% と 25.1%
  夏(4〜6月): 25.7% と 49.1%
  秋(7〜9月): 25.0% と 21.4%
  冬(10〜12月): 24.1% と  4.7%

 後の%は19〜21世紀のもの。確かに19世紀以降は閏月は夏が圧倒的に多く、
 冬はほとんど有りません。
 この事実に着目なさったK氏(先日号で紹介した「旧暦はくらしの・・・」
 の著者)は、この事実を以て

  夏に閏月が多くはいるというのは、夏が長い(閏月が入ると夏の期間が
   4ヶ月になる)、つまり暑い期間が長引くということで温暖化の証拠で
  ある。

 と主張なさっています。
 ところがこの「事実」の説明は地球温暖化を持ち出すまでもなく「旧暦の計
 算方法」そのものによって説明出来てしまうのです。

◇19世紀、その前と後とで旧暦の計算方法が変わった
 我々は明治の改暦以前に使われていた太陰太陽暦を十把一絡げに「旧暦」と
 呼んでしまいがちですが、これは正しくありません。この太陰太陽暦の時期
 にも暦の改良(ときには改悪?)があって、ずっと同じ暦が使われていたわ
 けでは有りません。

 まあ、違うといっても明治改暦で太陰太陽暦から太陽暦へといった「大改変」
 ではなくて、学者にしか判らないような「小改変」がほとんどなので、あま
 り問題にされないだけです。
 ところが、この学者にしか判らないような小改変が、夏に多く冬に少ない閏
 月を作り出してしまったのです。

 旧暦での閏月の挿入は、「何ヶ月に一度閏月とする」といった単純な規則で
 はなくて、新月から次の新月までという暦月の中で、二十四節気の「中気」
 を一つも含まない暦月が閏月となるというのが、原則です。
 ですから、真面目に新月の日付と二十四節気を毎年計算しないと決まりませ
 ん。なかなか大変です。

 19世紀になって変わったのは、ここで登場した二十四節気の計算方法です。
 19世紀の半ば、1844年に天保の改暦があり、日本の最後の太陰太陽暦である
 天保壬寅暦が使用されるようになりました。この暦は明治改暦以後もほぼ踏
 襲され、普段「旧暦」といわれる日付はこの暦の取り決めに沿って計算され
 ています。

 この天保暦の大きな特徴の一つに、二十四節気の計算に「定気(ていき)」
 と呼ばれる方式をとったことがあります。定気とは太陽が一年で一巡りする
 黄道の 360°を角度で24等分した15°毎のポイントを太陽(中心)が通過す
 る瞬間を二十四節気の節入りとするという計算方式です。

 これに対してそれ以前の暦では「恒気(こうき)」と呼ばれる方式を採用し
 ていました。これは一年の長さを決定し、その一年の長さを24当分して二十
 四節気の節入りを決定するという方式です。


◇定気法と恒気法の変更で何が変わるのか?
 この変更によってどんなことが起こったかというと、閏月と関係する二十四
 節気の中気の間隔が変化したのです。

   定気法での中気の間隔 29.44〜31.46日
   恒気法での中気の間隔 30.44日

 旧暦の暦月は新月から次の新月直前までです。この長さは多少変動するので
 すが、平均すると 29.53日(これを平均朔望月といいます)という長さにな
 ります。

 恒気時代の二十四節気の中気の間隔、 30.44日は平均朔望月の 29.53日より
 長いので、その差である0.91日の差が累積して朔望月より長くなる間隔で、
 ほぼ平均して閏月が入ることになります。この間隔は、

   29.53 / 0.91 ≒ 32.5

 ということで、32〜33ヶ月に一度閏月が入ります。幸いこの間隔はほぼ 3年
 の長さですが、32も33も 1年月数である12ヶ月では割り切れない数字ですの
 で、閏月は入る毎にその入る時期が変化します。結果として閏月はどの季節
 でも均等に入るものでした。

 これが定気法になると、中気の間隔が29.44〜31.46日と変化するようになり
 ました。これは太陽の周りを巡る地球の軌道が円軌道ではなくて楕円軌道で
 有るためです。地球が太陽に近い位置にある時には中気の間隔が狭まり、遠
 い位置に有るときにはこの間隔が拡がります。

 そして、現時点では地球が一番太陽に近づくのは新暦では 1/6あたり。これ
 は旧暦でいえば、12月ないし11月にあたります。つまり旧暦では冬とされる
 時期の中気と中気の間隔は大変狭いのです。

 中気と中気の間隔が最短である 29.44日は平均朔望月の 29.53日より短いの
 で、こうなってしまうと「中気を含まない月が閏月」という定義から、閏月
 はこの時期には入らないことになります。
 逆に中気の間隔が 31.46日と長い時には閏月が入りやすいわけですが、この
 時期は新暦では 7/6頃、旧暦でいえば 6月ないしは 5月、つまり夏です。

 つまり、それまでの恒気法から定気法への変更が

   夏に多くて、冬に少ない閏月

 を生み出す原因になってしまったのです。


◇定気法採用について
 定気法の採用は中国の時憲暦が採用し、天保暦はこれを真似て(?)採用し
 たものです。これは西洋天文学が流入したため、地球の軌道が楕円だという
 概念が最新の天文学の知識が作暦に影響したものです。

 つまり、天文学的な精密さを誇るために導入されたものですが、結果として
 閏月の挿入時期が特定の季節に偏在するという暦としてみると欠点となる現
 象を生み出してしまいました。

 この定気法の導入による弊害は、天保暦の欠点として批判されることの多い
 ものです。


◇「旧暦が地球温暖化を予言していた」という誤解とその余波
 K氏の著作を読むと、どうやらK氏はご自分で暦計算が出来る方では無いよ
 うです。そのため、計算された「旧暦」から閏月の拾い出して「閏月配置表」
 としてまとめ、これを見て「地球温暖化の証拠を発見」したように思いこん
 でしまったようです。

 自分で暦計算をなさるのであれば、この恒気法と定気法の違いという基本的
 な計算方法の違いによってこれが起こってしまうのだとすぐに気が付いたは
 ずなのですが。

 K氏は、旧暦を使うと季節の変化が正確に予測出来、「異常気象」と騒がれ
 るような年があってもそれは「閏月の配置」で説明が付くといった論を本の
 中で展開しています。そして困ったことに、

  「旧暦は日本の季節にピッタリの暦だ」

 と主張する方々はこの本の内容を鵜呑みにしている方が多く、そうした人々
 が旧暦に対する誤解を振りまいているようで、K氏の本の内容を引用してい
 本(例えばM氏の著作)があり、これを信じている人は多いようです。

◇最後に
 「旧暦とスローライフ」といったキーワードで旧暦が脚光を浴びることの多
 い昨今、暦が注目されるのは暦に興味を持つものとしては嬉しい反面、その
 内容の多くが「誤解にもとづく」注目なのに頭を痛めてしまいます。

 K氏やM氏とイニシャルで登場して頂いた両氏も旧暦に興味を持って本を出
 していらっしゃるのでしょうが、出来ればもう少し基本を学んでから正しい
 内容の本を書いて頂きたいものです。

 K氏、M氏については両氏の本の内容全てが間違っているわけではなく、そ
 れなりに意味の有る部分も有ります。また現在も販売されている本なので営
 業妨害になってもいけないので、イニシャルのみにさせて頂きました。歯切
 れが悪いのですが、そうした事情ですのでご容赦下さい。


  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
   magazine.sp@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2007/03/11 号

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