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■体育の日 2007
 本日は、祝日である体育の日。
 国の祝いの日ということで、カレンダーにも日付の箇所に国旗があしらわれ
 ている(ものもある)くらいですから「こよみのページ」でも採り上げない
 わけには行きませんね。

◇体育の日の由来
 体育の日の意味として法律に書かれたものは、「スポーツにしたしみ、健康
 な心身をつちかう」と言うものですが、その由来は、よく知られたとおり

   東京オリンピックの開催を記念して、東京オリンピックの開催日を祝日
   としたもの。

 です。東京オリンピックの開催日は1964/10/10でしたから、そう言う意味で
 言えば 10/10が「体育の日」であるべきでしょうが、本日は10/8、日付が違
 ってしまっています。
 これは、三連休を増やすという目的で行われた国民の祝日に関する法律の改
 正、わゆるハッピーマンデー法によって2003年から、

   体育の日は、10月の第 2月曜日とする

 と変更になったためです。
 ハッピーマンデー法のお陰で、体育の日は決まった日付を持たない放浪の祝
 日となってしまいました。法律の条文に書かれた意味も先に掲げたとおり、
 「スポーツにしたしみ・・・」とどこにも東京オリンピックの開催日であっ
 たことにふれていませんから、早晩この日が東京オリンピックの開催日を記
 念した日だったことは忘れ去られてしまうことでしょう。


◇東京オリンピック開催までの苦労
 今でこそ、日本は国際的にそれなりの地位を確立していますが、東京がオリ
 ンピックの開催地として決定された1959年(昭和34年)頃は、状況が全く違
 っていました。

 なんと言っても大東亜戦争(いわゆる「太平洋戦争」)が終戦を迎えてから
 まだ僅か14年。この戦争の記憶の鮮明なアジア諸国、欧米諸国からは、敵対
 した枢軸国の一つであった、日本に対するイメージが良いはずがありません。

 また、立地条件としても日本は極東の国であって、当時としては選手の移動
 に多大の時間がかかるという不利な面がありました。さらに日本自体が十分
 な社会的基盤を整備しているかどうかを不安視する声などがあって、競争相
 手である、米国のデトロイト市、オーストリアのウィーン市などの方が東京
 より有利と考えられていました。

 その不利をはねのけるために日本が考えたのは、比較的日本に対するイメー
 ジの悪くない南米諸国の支持票を得ること。現在、経済大国と呼ばれるまで
 になった日本でなら、それこそお金をつぎ込んで、大ピーアール作戦も出来
 たのでしょうが当時はそんな余裕はありません。そこで日本が行ったことは
 在米の日系二世、フレッド和田氏へのピーアール役の依頼でした。

 フレッド和田氏はロサンゼルスでスーパーマーケットを十店舗経営していた
 人物で、1949年の全米水泳大会に戦後初のスポーツ選手の海外遠征を行った
 水泳の古橋廣之進他の日本の選手を後援した人物。とはいえ、全くの民間人
 である。日本のオリンピック委員を委嘱された和田氏は、全て自費で南米諸
 国を巡り、東京でのオリンピック開催への協力を取り付けた。

  1949年の全米水泳大会で古橋選手他が、驚異的な世界記録で優勝してくれ
  たお陰で、それまで「ジャップ」と蔑まれていた自分たちも一夜にして、
  「ジャパニーズ」と呼ばれるようになり、胸を張って街を歩けるようにな
  った。選手たちには手お合わせて拝みたいほど感謝している。

 という和田氏がいたからのこその、東京オリンピックだったのかもしれない。


 日付は変わって、法律のどこにもこうした経緯を物語る言葉を見つけること
 の出来ない「体育の日」ではありますが、元々は東京オリンピックの開催を
 記念して生まれた祝日であったことを思い出し、できれば、それを記念日と
 して残そうと思った人々の思いも思い起こして頂きたいものです。


  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
   magazine.sp@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2007/10/08 号

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