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■建国記念の日
 明日2/11 は建国記念の日です。

   建国をしのび、国を愛する心を養う

 というのが建国記念の日の意味として国民の祝日に関する法律に書かれてい
 ます。国民の祝日に関する法律には、それぞれの祝日の日付と意味が書かれ
 ており、その書き方は次の例のようになっています。

  元日 一月一日
 年の始めを祝う。

  成人の日 一月の第二月曜日
 おとなになつたことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いは
   げます。

  建国記念の日 政令で定める日(2月11日)
   建国をしのび、国を愛する心を養う

 これをご覧になって
 お気づきでしょうか? 祝日法には、祝日名とその日がいつになるかが書か
 れ、その後にその祝日の意味が書かれています。
 他の祝日の多くは、元日のようにその日付が直接書き込まれています。また、
 成人の日のように「一月の第二月曜日」のような日付が移動するルールを書
 いたものもあります。

 ところが、この建国記念の日に関しては一風変わった書き方になっています。
 「政令で定める日」というのがそれです。
 建国記念の日だけはその日付がこの法律だけでは決められず、別途政府が発
 する政令にゆだねられていると言うことです。なぜこんなことが?


◇GHQ に認められなかった「建国記念の日」
 建国記念の日は、戦前は紀元節といいました。
 この日は日本書紀によれば天皇家の祖であるとされる神武天皇が即位したと
 された日だとされています(その日付を現代の日付に変換したもの)。

 戦後、日本国憲法下で再び祝日が造られることになったとき、どのような日
 を祝日に取り上げるべきか国民の意識をアンケート調査しているのですが、
 その結果は、元日、天皇誕生日に次いで第 3位、 80%を越える支持を得た祝
 日が建国記念日でしたが、この祝日についてはその当時事実上日本を統治し
 ていたGHQ が許しませんでした。

 GHQ は、戦前の日本のように天皇家を中心とした国家神道による大日本帝国
 の復活をもっとも恐れましたから、それを認めるようなこの祝日だけは認め
 ることが出来なかったわけです。

◇建国記念の日が認められたのは昭和41年
 国民の祝日に関する法律が誕生したのは昭和23年のことですが、GHQ の反対
 やGHQ の統治が終了した後も、建国記念の日の祝日化とその日付については
 賛否が分かれ、なかなか決着がつきませんでした。
 得に祝日の日付については、伝説上の神武天皇の即位日を根拠とするような
 ことには抵抗感のある人々も多く、結局法律ではこれを定めることが出来ず、

  「建国記念の日」を祝日にするけれど、日付は決めきれないので別途

 ということになってしまったようです。
 祝日化自体についても、やはり抵抗感があったためでしょうか、「体育の日」
 と「敬老の日」という祝日化することについて誰一人反対することが無さそ
 うな二つの祝日と同時に祝日化を図られています。
 なんだかどさくさに紛れて祝日化してしまったかのようです。

 いろいろ賛否の有った日付に関しても結局は、日本のように長い年月をかけ
 て自然発生的に生まれた国家の生まれた日が伝説的で有るのは致し方なく、
 国民の多くがその伝説を知っていれば、それが必ずしも歴史的な事実である
 必要はないという至極常識的な考えによって、旧来の紀元節と同じ日付に落
 ち着いたようです。そのため、この日は建国の日ではなくて、

   建国を記念する日

 なのでした。われわれもただ形式的でなく、本来の「建国をしのび、国を愛
 する心を養う」という意味を考える日として明日を迎えたいものです。


  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
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オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2008/02/10 号

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