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■グレゴリオ暦の誕生日2
 昨日 10/15は現在広く使われているグレゴリオ暦の誕生日だと書きました。
 (1582/10/15ですから、 426歳ですね)
 そうしたらこれに関係する質問をいただきましたので、その質問に答えてお
 こうと思います。

◇なぜこの時期だったのか?
 質問:改暦が為された時期がなぜ、10月だったのか。何か理由があるのか。

 さて、この改暦が何のために為されたのかといえば昨日書いたとおり、その
 最大の理由はキリスト教の祭礼(特に復活祭)が正しい日付で行われるよう
 にするためです。
 いただいたこの質問に対する答えもこれと関係あります。

 中世のヨーロッパにおけるカレンダーの重要な役割はキリスト教の各種祭礼
 を記述し、それを間違いなく行うということでした。
 「今日は何の日」風にいえば、毎日が「聖○○の日」とか「何処何処の守護
 聖人の記念日」だったわけです。
 そうした祭礼の内、重要な聖人の祭りなどが改暦によって消えてしまう10日
 間にあったとしたら、大変。

  我が町の守護聖人の祝祭日がなくなるとは何事だ

 ということになります。何せこの改暦を命じているのがローマ法王ですから、
 そんな「神や聖人を冒涜すること」はできない訳です。
 そのため、そうした重要な聖人の祝祭日が含まれない時期を選んで、この時
 期に改暦を実行したといわれています。

 今から見ると、一年の途中のこんな中途半端な時期に改暦がと思われますが、
 改暦の目的と、その実行者の立場を考えれば解らないでもない理由です。

◇改暦で曜日は変わったのか?
 質問:改暦で日付が不連続になっているが、曜日はどうなったのか?

 この改暦で暦の上から1582/10/05〜 10/14の十日間が消えました。では曜日
 はどうなっているかというと、ご安心を。連続しています。

   1582/10/04 ・・・ 木曜日
   1582/10/15 ・・・ 金曜日

 となっています。
 改暦後もすぐ何処の国もグレゴリオ暦に移行したわけではなく、それまでの
 ユリウス暦を使い続けた国も多くありました。
 そのため、この改暦後かなりの間は日付は同じでもグレゴリオ暦とユリウス
 暦では違った日を指していることがあった訳で、記録などを調べる上ではや
 やこしい問題が発生しますが、その時助けとなるのはこの曜日。

 曜日は改暦によって変わりませんでしたので、日付と曜日が書いてあれば、
 そこから「グレゴリオ暦の日付か、ユリウス暦の日付か」判別がつきます。
 曜日が連続していて本当によかった。

◇グレゴリオ暦は直ぐに普及したのか?
 質問:改暦後、ヨーロッパの暦はグレゴリオ暦になったと考えていいの?

 それまで1600年以上も使っていた暦を、「今日から変更します」といっても
 なかなか直ぐにみんなが従う訳ではありません。
 それにこの改暦が宗教絡みで為されたことで、問題は複雑化します。そのた
 め1582年に改暦が為されてもこれが、ヨーロッパ全土に広がるには多大の時
 間がかかりました。

 ことに改暦がローマ教皇によってなされたものですので、カソリックと袂を
 分かつ宗派ではこの導入には抵抗があり、主な国ではイギリスがグレゴリオ
 暦を受け入れたのは1752年、ロシアは1918年となんと20世紀に入ってからで
 した(ちなみにロシア正教では今でも復活祭などは、ユリウス暦の日取りで
 行っています)。

 日本が旧暦から新暦(グレゴリオ暦)に改暦したのが1873年ですから、ロシ
 アより早いことになります。

 以上、本日の暦のこぼれ話は昨日の記事への御質問への回答コーナーでした。

  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
   magazine.sp@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2008/10/16 号

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