こよみのぺーじ 日刊☆こよみのページ スクラップブック  (PV , since 2008/7/8)
■太平洋戦争開戦の日
 1941/12/08は日本が英米に対して宣戦を布告し、その初戦となった真珠湾攻
 撃を行った日です。もうその時から数えて67年、世代で言えば2〜3世代分の
 年月が経過しています。

 現在でも終戦記念日8/15日には戦没者の追悼行事などが行われていますから
 記憶されて、終戦の日を記憶している人は、比較的若い世代にも多いと思い
 ますが、開戦の日と言うことになると、思い出せない人も多いと思います。

 結果から見れば、日本という国を存亡の危機に追い込み、敵味方の多くの人
 命を失わせ、生き残った人々にも塗炭の苦しみを残すことになったこの戦争
 の始まった日ですから強いて思い出したくはない日であるかも知れませんが、
 戦争がいつの間にか始まって終わったわけではありませんから、一年に一度
 くらいは思い出しても良い日だと思います。

◇私は戦わない?
 「過ぎてしまったことに対しては誰でも賢者となれる」
 と言われます。

 現在、この日に始まった太平洋戦争がどのような結末に至ったかを知る私た
 ちから見れば日本は馬鹿なことをしたものだと言ってしまうことも可能でし
 ょうが、過ぎ去った時代に対してではなく自分の生きる時代に対しても同じ
 く「賢者」でいられるかどうかと問われたとしたらどうでしょうか。

 眼前に自分自身が巻き込まれる可能性のある「戦争」などと言う問題が無い
 時代であれば、

  戦争など起きそうになったときは反対すれば良いんだ
  戦いが始まっても人を殺すことなんて自分には出来ないから戦わない

 といったことを簡単に言えますが、そんな風に簡単に言える、簡単に判るこ
 とが67年前の人たちには判らなかったのでしょうか。
 当時の人たちは、私たちには簡単に判るようなことが判らないほど愚かだっ
 たのでしょうか。

 歴史を見れば、当時も戦争に反対した人もあり、人を殺すことが嫌だという
 人もあり、そうした点では現在に生きる私たちと特別に違ったことはありま
 せん。一人一人の人間にとっては67年は長い年月ですが、人の歴史から見れ
 ば一瞬の長さです。67年くらいで人間は急に賢くなるわけではありません。
 それでも、67年前より少しでも賢くなるためには

  私は戦わない

 と言うだけではなくて、戦わないために為すべきことは何か、67年前には戦
 わないための何が欠けていたのか、何が違っていたのか、そうしたことを考
 える必要があるでしょう。
 67年前のような状況に置かれたときにも「私は戦わない」と言うために考え
 ておくことは沢山あるように思えます。


  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
   magazine.sp@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2008/12/08 号

こよみのぺーじ 日刊☆こよみのページ スクラップブック