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■1月1日はどんな日?
 「現在の暦の年首(年の初め)はどうして、今の位置になったのですか?」

 時折こうした質問を受けます。
 現在の暦では一年の起点である 1/1に、何か特別な意味があるのかと考える
 と、これといったものが見あたりません。
 なぜ、こんな「何でも無い日」が大切な年首となったのか。確かに首を捻る
 ことではあります。

◇グレゴリオ暦は春分の日が年首から数えて80日目になる暦
 さて、現在のグレゴリオ暦の年首は

  ・暦月の日数が決まっていること
  ・春分の日が3/21と決まっていること

 の二つによって、今の位置から動かなく成っています。グレゴリオ暦は1582
 年にユリウス暦を改暦して出来た暦ですが、この改暦がなされた最大の理由
 は、「春分の日を3/21とするため」だったのです。
 春分の日はキリスト教の最重要祝日である復活祭決定の重要な計算起点であ
 って、この日付はAD 325年のニカエア公会議で「3/21」と固定された日付に
 決定されています(キリスト教の教会の約束事として)。

 この改暦に際して、閏年の配置は若干の改変がなされましたが、基本的な暦
 月の日数については、ユリウス暦をそのまま引き継ぎました。暦月の日数は
 皆さんもご存知の通り

  31,28(29),31,30,31,30,31,31,30,31,30,31

 となっています。暦月の日数が決まっていて、かつ春分の日が3/21と決めら
 れているとしたら、 1/1の位置は、

  31 + 28(29) + 21 = 80(81)日 ・・・ 3/21:春分の日

 となる日と自動的に決まってしまうわけです。
  1/1が固定されるのは分かりますが、これで年首の位置の説明としてはスッ
 キリしないもので終わってしまいます。謎解きにはグレゴリオ暦の前に使わ
 れていたユリウス暦の年首の意味を考えないと判らないようです。

◇ユリウス暦の年首の意味
 ユリウス暦は有名なユリウス・カエサル(シーザー)が改暦を断行しBC45年
 から使われた暦です。ユリウス暦の特徴は

  ・ 1年を 365日(閏年は 366日)とする
  ・うるう日は 4年に一度 2月に 1日挿入する
  ・年の初めをヤヌアリウス(Januarius)月の 1日とする
  ・各暦月の日数は 31,29(30),31,30,31,30,31,30,31,30,31,30 とする

 とされていることです。基本的に現在私たちが使っている暦の骨格はこのユ
 リウス暦への改暦で出来上がったと云って良いでしょう。

 ユリウス暦改暦以前は年の始まりの月は春分の日を含む月、現在の 3月に当
 たるマルティウス(Martius)月とするというのが伝統的な考えでしたが、
 これとは別に、行政官などの任期がマルティウス月の 2ヶ月前であるヤヌア
 リウス月から始まるという周期もあった(現在の日本の 1月に始まる暦年と、
  4月に始まる役所の会計年度のようなもの?)ことから、ユリウスは行政官
 の任期の周期を優先して年初の位置を現在の位置に移動させました。

◇ヌマ暦と乱年
 ユリウス暦が使われる前にローマで使用されていた暦は紀元前 8世紀から使
 われていたヌマ暦という暦でした。ヌマ暦の各月の日数は

  31,29,31,29,31,29,29,31,29,29,29,28

 となっています。最初の月は現在の 3月に当たる月、最後は現在の 2月に当
 たる月となっています。
 ちょっと変わった日数の並びですが、これはローマ人が偶数を不吉な数字と
 して嫌ったためだと云われています。

 さて、この変わった暦月の日数を見て気が付くことはその合計日数が 355日
 だと云うことです。この日数は月の満ち欠けの平均周期、29.53日の12回分の
 日数とほぼ同じです。

  29.53 × 12 = 354.36日( ≒ 355日)

 また、 2年ごとに20日の閏日を挿入する仕組みをもっていた暦だとされるの
 でこの閏日も入れて 1年の平均日数を考えると 365日となる暦ですから、ど
 うやらヌマ暦は太陰太陽暦の一種であったと云うことが分かります。

 ただ、閏日の挿入は神官の判断によって左右されるという経験的太陰太陽暦
 であったため、神官達の勝手な閏日操作の結果が積み重なってカエサルが改
 暦を断行する頃には、暦と季節との対応が滅茶苦茶な状態になってしまって
 いました。

 カエサルは改暦に当たって、この暦と季節の対応を正常なものに直すための
 調整をその前年に行いました。このため紀元前46年には何と90もの閏日が挿
 入され、 1年の日数が 445日に及ぶ 1年となってしまい、「乱年」と呼ばれ
 ることになりました。

◇「暦」には慣性がある?
 こうした調整の後でユリウス暦への改暦が行われたわけですが、それまでの
 経験的な太陰太陽暦であったヌマ暦を太陽暦であるユリウス暦に変更するだ
 けであれば、何処かの月で暦の切り替えを行って、暦月の呼び名の調整をす
 るだけでも出来ないことは無かったと思えるのですが、なぜわざわざ「乱年」
 を作ってまで調整したのかという謎は残ります。
 ここで考えられるのは「暦の慣性」とでも呼ぶべきものの存在です。
 
  年の区切りを春分の日や、冬至の日のような意味のある日に変えないのか

 といった話をよく聞きますが、こうだったら「スッキリ」はするかも知りま
 せんが現実問題としてはまず無理な話です。それは、暦は季節の変化を示す
 働きがあるのはもちろんですが人間社会での共通の約束事として使われてい
 るという側面ももっているためです。

 一度出来て、それが社会の中で広く使われるようになると、多少不合理な点
 があっても、これを急に変えることは社会生活に多大の影響を与えることに
 なります。日付の入った契約書や法律の解釈はどうなる?、銀行の年単位の
 利子はどうやって計算する? など、暦を変更するといろいろなところにそ
 の影響が及びます。

 今は懐かしいコンピュータの2000年問題などのように、閏日の計算を 1日間
 違えていたら、どんなことが起こるのだろう・・・と騒がれたことを思い出
 せば、大規模な改暦など行った時の社会的な影響の大きさを想像することが
 出来るのではないでしょうか。

 大きな船の針路を変えるのが難しいように、沢山の人間が構成している社会
 の基本的な約束事、暦もその一つ、を急に変えるのは難しい。暦にはまるで
 「慣性」があるかのようです。

 カエサルのような権力者にしても、この暦の慣性を無視することは出来なか
 ったためでしょう、改暦に当たっては従来までの慣習を考慮して、合理的で
 ありかつ、それまでの慣習と大きな矛盾が無いように配慮したようです。
 その時に考慮されたのは、

  ・春分の日はマルティウス月に含まれる。
  ・暦月の日数はそれまでの日数に近いものとする(ただし30日も使用)。
  ・改暦元年の年首は冬至後の月の満ち欠けから見て意味のある日を選ぶ。

 というものだったようです。
 最後の項目は定かではありませんが、改暦前のヌマ暦が太陰太陽暦の一種だ
 ったことから、月の満ち欠けにも配慮したと考えました。
 試しに改暦元年(BC45)の最初の新月の瞬間を計算してみると

  BC45/01/02 3時50分 (ただしグリニッジ子午線での力学時)

 となります。ローマだとグリニッジ子午線から 1時間弱の時差がありますし、
 地球自転速度の変化などから当時の太陽を基準とした時刻と計算で用いた力
 学時の差はおよそ 10000秒あったと考えあれるので、そうしたことを考慮す
 るとユリウス暦元年の元日が新月であった可能性がかなり高いのです(当時
 の新月の予報精度の問題もあるでしょう)。

 こう考えると、現在ではまったく天文学的な意味のない年首ではありますが、
 ユリウス暦の改暦時代まで遡ると、それなりに意味のある日が年首として選
 ばれたように思えます。
 本当かどうかは、カエサルと改暦案を作った2000年前の天文学者に尋ねない
 とわかりません。

 さて本当に「 1月1日ってどんな日」だったのでしょうね。
 実は「何にも考えてませんでした」なんて云うのが真相だったりして・・・。


  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
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オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2010/04/18 号

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