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■節切の暦
 「節切」は「せつぎり」と読みます。
 さて、この「節切」についてWeb こよみのページの掲示板に質問が書き込ま
 れていました。この質問を読んで、

  きっと何処かで書いているはず

 と、まず思いました。そう思って当然というほど「節切」は暦の話としては
 基本的な部類の話しです。もう書いているのならその記事の URLを示せば良
 いわけですから楽ちん。その記事は何処だったかなと早速サイト内検索(自
 分で作ったサイトなのに、検索しないと何処に何を書いたか分からなくなっ
 ている・・・)をしたところ、書いていませんでした。

  え、こんな基本的話はとっくに書いていたと思っていたのに

 と、少々驚きつつ、書いてないものはしかたがないので本日の暦こぼれ話に
 書くことにいたしました。

◇節切は「二十四節気区切」
 さて、節切とは何のことかというと、二十四節気の「節で区切ること」です。
 二十四節気には、「節」と「中」がありますが、このうちの「節」を使って
 一年を分割すると、12の区間に分けることが出来ますから、この12の区分そ
 れぞれを一月と考え、これを「節月(せつげつ)」と呼びます。12節月で一
 年を表せますから、これも一種の暦と考えることが出来ますので、これを
 「節切の暦」などと呼ぶ場合があります。

 具体的に言えば、立春(正月節)から啓蟄(二月節)の前日までを正月、啓
 蟄から清明(三月節)の前日までを二月、清明から・・・とするというもの
 です。2010年の新暦の日付で節月の期間を示せば

  正月 2/4〜 3/5 (立春〜啓蟄前日)
  二月 3/6〜 4/4 (啓蟄〜清明前日)
  三月 4/5〜 5/4 (清明〜立夏前日)
   (略)
  十一月 12/7〜*1/5 (大雪〜小寒前日)
  十二月 *1/6〜*2/3 (小寒〜立春前日) 
  (注意:* 印の日付は2011年のもの)

 のようになります。
 「節切」という言葉は元々は暦注を決定するための計算(撰日法)の一つを
 指す言葉でした。「節切」によって決定される暦注は、十二直や、三隣亡、
 一粒万倍日等々沢山あり、

   「一粒万倍日」は節切の正月の丑・午の日、二月の酉・寅の日・・・

 といった具合に節月と日の干支等との組み合わせてよって決められます。

◇節切の暦は太陽暦
 二十四節気は太陽の位置によって決められていますから、太陽暦そのものと
 いうことが出来ます。ということは、太陽暦の一種である新暦(現在私たち
 が使っている暦。グレゴリオ暦)とは良く似た暦となることが予想されます。

 前述した節月の期間を示した新暦の日付は、2010年のものですが実は他の年
 でもこの日付はほとんど変化しません。新暦の月日に比べると節切の暦の日
 付はザッと

  1ヶ月と 5日程度遅れる

 以外は新暦と大差ないことが分かります。
 現在、この節切の暦を使う方々は専ら「占い」をなさる方々。

  本当の生まれの年干支は立春の日で切り替える。
  節分までに生まれた人の年干支は前年の干支となる

 等と言った生まれ年の説明をよく聞きます。
 これは節切の暦で考えているからこうなります。
 占いの本などには、生まれ年の年干支を立春によって切り替える理由として

  旧暦は立春の日から一年が始まる暦で、
  占いは旧暦を使って立てるのが本式

 と説明しているものがありますが、これは「旧暦」と「節切の暦」を混同し
 てしまっています。別物ですから、お間違えの無いように。

◇節切の暦の利用、今昔
 旧暦は太陰太陽暦で、その一年は大体四季の巡りの周期と同じですが、細か
 く見れば、最大で一月近く暦の月日と季節との間に差が生じることがありま
 すから、その日付をそのまま農業などに利用することは出来ません。

 その点で言うと、節切の暦は太陽暦そのもので四季の巡りと良く一致した暦
 です。ですから、旧暦時代には農業を行う人達などは農作業の時期の目安と
 して節切の暦を使っていたようです。

 現在では、そうした実用的な目的は失われ(現在使用している暦自体が太陽
 暦ですからね)て、専ら占いの世界だけで生き続けているようです。

  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
   magazine.std@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2010/04/23 号

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