こよみのぺーじ 日刊☆こよみのページ スクラップブック  (PV , since 2008/7/8)
■お茶の話
 本日 5/2は八十八夜。八十八夜といえば茶摘みということで、本日はお茶の
 話しです(結構強引)。

◇お茶にしますか
 「そろそろお茶にしましょう」
 といえば、「休憩しましょう」と同義に使われるほどお茶は広く親しまれた
 飲み物です。その「お茶の時間」に飲むものが実際はコーヒーで有ろうとも。

 この時に飲むお茶はといえば、抹茶、煎茶、番茶、玉露、焙じ茶、人参茶、
 昆布茶に麦茶と好みも様々。お茶もいろいろです。

◇お茶は食用?
 ビルマ(現軍事政権は「ミャンマー」と国名を改名)ではお茶の葉を蒸して
 発酵させ、漬け物のようにして食べることがあるそうです。

 お茶の葉は同族の椿や山茶花と同じく表面が滑らかで光沢が有ります。
 椿の葉は餅を挟むような用途でも使われることがあり(椿餅)、昔は器の代
 わりとして使われたことがあったことを伺わせます。

 お茶の葉は椿などに比べて小さいので、一枚で器の代わりとはならないかも
 知れませんが、餅や米を蒸す時に蒸し器の下に敷くような用途には使われた
 のではないでしょうか。餅と一緒に蒸して調理したら、この葉っぱも食べら
 れることに気が付いて・・・(この部分はかわうその想像です)。

 日本の緑茶はわざわざ発酵を止めるために蒸すそうですが、これはお茶とし
 ては特殊な部類だそうで、現在の飲用のお茶(紅茶など)でも茶葉を蒸して
 発酵させるのが普通だそうです。この辺りは「食用」時代の名残なのでしょ
 うか。

 なお、調べてみると日本にも発酵を進めて作る碁石茶(ごいしちゃ)、阿波
 番茶(あわばんちゃ)などが有ることが分かりました。その上こうした茶は
 「特殊茶の中の漬物茶に分類される」(ウィキペディアより)そうです。漬
 物茶という呼び名には、当に「漬け物のようにして食べた」という話の香り
 がぷんぷんします。

◇日本への伝来
 日本のお茶は中国から伝来したものだと考えられています。最初の伝来はお
 そらく、遣隋使、遣唐使の時代。医薬品としての伝来と考えられます。
 (現在、お茶の「カテキン効果」などが注目されていますが、元々はこちら
 が主目的だったということでしょうか)

 当時の中国では茶葉を蒸して搗き、団子のような形にしたものを飲用する前
 に火で焙り、乾燥させてこれを砕き、粉状にしてこれに葱や生姜、柑橘類の
 乾燥した皮等を混ぜて、湯を注いで作ったようですから、日本でのお茶もこ
 うしたお茶だったと考えられます。

 ただ、この時代の茶は希少で有ったためか、一般に広がることはなかったよ
 うです。現在の「茶」につながるのは、ずっと時代の下がった鎌倉時代の僧
 栄西(日本臨済宗の開祖)が宋から種子を持ち帰り、平戸島や佐賀県の背振
 山で栽培したことだそうです。この種子は、明恵上人によって京都に運ばれ
 ここで根付き、これを後に宇治に移したのが、宇治茶の始まりだとか。

 この時代も「茶」の習慣は最初は僧侶たちだけのものだったのでしょうが、
 臨済宗の拡がりとともに武士や庶民へも次第にこの習慣が浸透していったも
 のと考えられます。

◇暦の話じゃないのでは?
 ここまで書いてきて、まったく「暦のこぼれ話」じゃないなと感じてきまし
 たが、まあスタートは「八十八夜」ですから、全くの無関係というわけでも
 ないと言うことで、大目に見て頂きましょう(お願いします)。

 記事も長くなって書いている私も、読んでみる皆さんもそろそろ疲れてきた
 ころと思われますので、本日の暦のこぼれ話はこの辺で終わりましょう。
 さあさあ、一休み一休み。お茶の時間にしましょうか。
 
  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
   magazine.std@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2010/05/02 号

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