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■桜田門外の変(+おまけ)
 今日は2012年 3月24日。今を去ること 152年の昔の今日、1860年 3月24日は
 歴史上名高い「桜田門外の変」が起こった日です。

◇日本史のおさらい
 桜田門外の変は、日米修好条約締結や開港政策、それに安政の大獄などによ
 る倒幕派への強圧的な政策をとり続ける大老井伊直弼への不満から、水戸・
 薩摩の浪士が井伊大老の登城を狙ってこの行列を襲撃、井伊大老を暗殺した
 事件です。

 襲撃に加わった者は、水戸藩十七名(うち一名は総指揮で、襲撃実行部隊に
 は参加していない)、薩摩藩一名。
 襲撃によって井伊直弼とこれに随従した彦根藩士八名が死亡。襲撃した浪士
 も八名が死亡(自刃も含む)。さらにその後に捕縛され斬罪に処せられた者
 七名でした。残りの三名は逃亡しています。

◇桜田門外の変と雛祭り
 事変が発生したのは安政 7年 3月 3日。時刻は五ツ半といいますから、現在
 でいえば午前 9時頃のこと。
 襲撃がこの日に計画されたのは、この日が 3月 3日、つまり

  雛祭り(正しくは、「上巳の節供」)

 だったからです。雛祭り、正しくは上巳の節供(じょうしのせっく)ですが、
 上巳の節供は、人日(じんじつ)、端午(たんご)、七夕(しちせき)、重
 陽(ちょうよう)の各節供と合わせて五節供と云い、この五節供は江戸幕府
 が定めた祝日に相当する「式日(しきじつ)」とされていました。

 式日には、江戸在府の大名は江戸城へ総登城し、将軍家に対して祝いを述べ
 るしきたりでしたから、井伊大老も必ず登城することが分かっていました。

 式日は大名の総登城の日ですから、沢山の大名行列が見られます。ですから、
 田舎から出てきた武士達(オノボリさん)が「武鑑」と呼ばれる大名や旗本
 の紋所や各種解説の記されたガイドブックのような本を片手に、行列見物を
 するということが、ごく普通に行われていたそうです。
 ですから、幾人もの浪士が集まって、大名行列を見ていてもさほど警戒され
 ることがなかったのです。

◇雪の雛祭り
 桜田門外の変では、井伊大老を護衛した彦根藩士八名が亡くなっていますが、
 このように被害が大きくなったところには、襲撃を予測していなかったとい
 うことの他に、この日が大雪だったということも関係しているといわれてい
 ます。

 大雪であったため、警護の侍達は槍や刀に雪支度の覆いをかけていたため、
 襲撃が始まっても迅速に槍や刀を抜くことが出来ず、鞘ごと振り回すといっ
 た使い方をせざるをえなかったのでした。

 それにしても、新暦でいえば3/24という時期ですから、「大雪」とは驚きで
 すね。当時の江戸の人々もこの大雪は「前代未聞」といぶかったそうですか
 ら、現代の我々同様、驚いていたようです。まあ、他の年でもこうした遅い
 大雪の記録が無いことは無いでしょうが、それにしても何十年に一度の珍し
 い天気だったことは間違いなさそうです。

 もしこの日が快晴だったりしたら、ひょっとして井伊大老の暗殺は失敗に終
 わって、日本の歴史も今とは違ったものになっていた可能性もありますね。
 「歴史にもしもはない」といいますが。

◇(+おまけ)・・・気がつきましたか? 日付の話
 普通なら、これで終わるところですが、このメールマガジンは「日刊☆こよ
 みのページ」。見逃してはならないもう一つの話が、本日の解説記事と今日
 の日付の中に隠れております。
 お気付きでしたか?

 桜田門外の変が起こった日の日付を当時の暦(天保暦、今で云うところの旧
 暦)とグレゴリオ暦(新暦)とで書き表してみると

  安政 7年の日付 ・・・ 旧暦 3月 3日  新暦 3月24日
  平成24年の日付 ・・・ 旧暦 3月 3日  新暦 3月24日

 という具合です。ついでに桜田門外の変のあった日の曜日は「土曜日」。お
 っと、今日も土曜日。ずいぶんうまい具合に並びました。

 偉そうに書いておりますけれど、実は旧暦と新暦の日付が一緒で、そのうえ
 曜日まで同じだということは、この記事を書き出してから

  おや?

 と気がついたのでした。
 日付が旧暦 3月 3日で新暦が 3月24日になる日付を桜田門外の変が起こった
 1860年の後で探してみると、今年を入れて1898,1966,2012年の 3回だけ。
 その上、曜日まで一緒になったのは、今年が最初でした。

 これは目出度い。おお、なんと六曜は「大安」。これはますます目出度い。
 (旧暦の日付が 3月 3日なので、「大安」になるのは当たり前ですが)
 なかなか無い珍しい一致ですから、書きながら「オッと、どっちの日付も同
 じだ」と気がつかなかったら、次にこのネタが使えるのはいつになったこと
 か。気がついてよかった。

 後半は「桜田門外の変」とは関係ありませんでしたが、日刊☆こよみのペー
 ジの暦のこぼれ話ネタとしては、拾いものでした。

 ちなみに次に旧暦 3月 3日が新暦の 3月24日になる年は49年後の2061年のこ
 と。曜日まで一致するのは・・・そんな先の時代まで旧暦が使われ続けてい
 るとは考えていなかったので、まだ計算していませんでした。
 実用性は無いだろうけど、こんな話のためにもう少し先まで計算はしておく
 べきかな?

  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
   magazine.std@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2012/03/24 号

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