こよみのぺーじ 日刊☆こよみのページ スクラップブック  (PV , since 2008/7/8)
■冬至十日前と後
 冬至は過ぎましたが、まだ冬至の記憶が新しいうちに、たたみかけるように
 本日は冬至の話です。

 まずは、この話を書こうと思うようになった切っ掛けの「ねこてつ」さんの
 メール(抜粋)から

 > 冬至にまつわる言葉で「冬至10日」というのもあったと思います。
 > 昔、私はこれを「冬至過ぎの10日間が一番暗い(夕方)」勘違いしていま
 > したし、実際にそうも感じていました。クリスマス頃は午後 5時には真
 > っ暗なのに、正月を過ぎると「ああ、少し明るい」。

 > これは多分この言い回しを途中までしか覚えていなかったからそう思い
 > 込んでいたのかもしれません。

 > 「冬至10日過ぎれば(日が伸びたのが)馬鹿でもわかる」。
 > でももう1つ言い回しがあるようで、それは
 > 「冬至10日前から日は伸びる」

 > 「冬至10日〜」の言い回しはどちらが本家なのでしょう。
 > 私の場合は「馬鹿でも」の様ですが。

 ねこてつさんのおっしゃるとおり、どちらの言い方も有るようです。
 さて、ではどちらが本家?

 「日が伸びたような気がする」と、人間の心理、主観が入ってくると話が複
 雑になってしまって、割り切りにくい問題になりますので、その辺の話には
 触れないようにして、現象面だけから考えてみます。

◇冬至と十日前、十日後の比較
 ねこてつさんが書いて下さった二つのことわざは、十日前と十日過ぎですか
 ら、どちらが本家か現象面から考えるために、冬至と冬至の十日前と十日後
 では何が違うか比べてみましょう。

 では、早速2012の冬至 12/21と十日前(12/11)および十日後(12/31)の東
 京での日の入りの時刻と昼の時間(日の出から日没までの時間)とを計算し
 てみます。すると、

  十日前 日入時刻 16時28分(-4分) 昼の時間 9時間48分(+3分)
  冬 至 日入時刻 16時32分( 0分) 昼の時間 9時間45分( 0分)
  十日後 日入時刻 16時38分(+6分) 昼の時間 9時間48分(+3分)

 ご覧のとおりです。
 十日前から比べると、冬至は既に日入の時刻は 4分遅くなっています。
 日入の時刻だけを見ると確かに「冬至十日前から日は伸びる」と云えないこ
 ともなさそうですが、日出から日入までの昼の時間を見てみると、これとは
 違った傾向が有りますね。

 「昼の時間」が冬至に比べて十日後は 3分長い。
  3分の時間の変化が「冬至十日過ぎれば馬鹿でもわかる」と「馬鹿でも」つ
 けるほど分かりやすい変化かと云われるとちょっと迷いますが、それでも伸
 びてはいますね。

 では冬至前十日と昼の長さを比べると冬至十日前より冬至の方が 3分短いで
 すから、いくら何でも「伸びる」とは云えないでしょう。

 二つのことわざの「伸びる」はどうやら、その着眼点が日没の時刻か昼の長
 さなのかという違いのようです。

◇ではどっちが本家?
 ではどっちが本家か。本家の意味が何かにもよりますが、どちらが古い概念
 かということを現象面から考えると、「冬至十日過ぎれば馬鹿でもわかる」
 の方が古いものだと考えられます。

 なぜそういえるかというと、昼の長さの時間の伸縮と日入時刻の変化が現在
 のように冬至の前後で食い違うようになったのは、「平均太陽時」という時
 刻系による時刻が普及した後だからです。

 実際の太陽が真南に来た瞬間が正午で、翌日の正午までが一日の長さ。そし
 てそれを24等分してと時刻を決めていた(「真太陽時」と「視太陽時」と呼
 ばれる時刻系)時代だと、こうした不一致は起きませんでした。

 その古い時代の人がことわざを考えたとしたら、日没の時刻を基準と考えて
 も「冬至十日前から日は伸びる」とは云わなかったはず。
 真太陽時の基準となる実際の太陽の南中から次の南中までの 1日は地球の軌
 道が楕円形であるために、時期によってわずかですがその長さが変化してし
 まいます。

 一日一日の長さの平均の長さからのずれは小さなものですが、何ヶ月もその
 差が積み重なると、時刻の差は15分程にもなってしまいます(これを「均時
 差(きんじさ)」と云います。

 正確な一定の時間を計れる時計が生まれて、これが社会生活に深く入り込ん
 でくると、いつしか一日の基準は「太陽」から「時計」に移り、時計の示す
 動きにあわない実際の太陽を基準に考える真太陽時は使われなくなり、変わ
 って時計の動きとよくあう、平均太陽時が使われるようになりました。

 冬至の十日前から日没の時刻が次第に遅くなる(一見すると日が長くなった
 ように見える)現象は、この太陽と時計との動きの差が生み出した見かけの
 現象なのです。

 日本に、こうした正確な時計が普及したのは明治十年頃以後ですので、こう
 した実際の現象面からだけ考えると、明治十年以前に「冬至十日前から日は
 伸びる」という言葉は生まれそうにありません。
 「本家」がより古いものと考えると、どうやら

   冬至十日過ぎれば馬鹿でもわかる

 が本家なんじゃないかなということになります。
 皆さんはどう思いますか?

  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
   magazine.std@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2012/12/26 号

こよみのぺーじ 日刊☆こよみのページ スクラップブック