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■中気の二つ入った旧暦月
 おはようございます。
 本日、2015/02/19は二十四節気の正月中気、雨水。
 そして同時に朔の日でもありますので、旧暦では今日が元日となります。
 やっと、旧暦の年が改まりました。今年は遅かったですね。

 本日は旧暦の元日ということから、旧暦に関係する話を一つ。
 その話というのは、数日前にいただいた北辰さんからの次の質問に関係する
 ものです。

 ------ 北辰さんのメール(抜粋) ----------
 中気のない月が2つ以上あったり、閏年ではない年に
 中気のない月が1つ以上あるような年は、
 どの程度存在するのでしょうか。
 2033年問題の関係で疑問に思いました。
 ----------------- ここまで ---------------

◇二十四節気の中気と旧暦月の関係
 既に何度も取り上げた話ですが、旧暦月の名前(正月、二月、三月・・・)
 を決定するのは、二十四節気の中気と呼ばれるものです。
 既に書いた、「正月中気、雨水」を含む暦月が旧暦では正月となります。

 本日は、正月中気である雨水の日であり、同時に朔(新月)の日にもあたっ
 ていることから、今日から始まる旧暦月は旧暦の正月となるわけです。
 同様に二月中気である春分の日を含む旧暦月は二月、三月中気である穀雨の
 日を含む旧暦月が三月となります。そして、時折中気の日を含まない暦月が
 現れると、この月が閏月になるというのが、旧暦の暦月名の原則です。

 昔はこの原則だけを知っているだけでよかったのですが、日本で使われた最
 後の太陰太陽暦であった天保暦から、このように単純には行かなくなってし
 まいました。現在、私達が「旧暦」と呼んでいる暦は天保暦の規則に準拠し
 た暦ですので、現在のいわゆる「旧暦」も天保暦同様、単純に行かないこと
 が時々あります。時々取りざたされるようになった旧暦の2033年問題という
 ものも、こうした「単純には行かない」旧暦の問題が表面化したものです。

◇恒気と定気
 天保暦とそれ以前の太陰太陽暦とで何が異なるかというと、それは二十四節
 気の日付の計算の方法です。

 二十四節気の日付の決め方には二通りの方法があります。一つは冬至から次
 の冬至までの日数を24等分する方式で、この方式を「恒気法」と云います。
 これに対して、太陽が天球上を巡る道筋である黄道という大円を、角度で24
 等分して、太陽がこの等分された黄道上の特定の角度を通過する日で決定す
 る方式で、この方式を「定気法」と云います。

 天保暦より前に使われていた暦は恒気法を用いていたので、二十四節気の中
 気と中気の間隔はどこでも同じで

  365.2422 / 12 ≒ 30.44 (日)

 となります。この長さは旧暦の暦月の区切りである月の満ち欠けの周期(朔
 望月といい、平均 29.53日)より長いため、時々中気と中気の間に、暦月が
 すっぽりはまり込んだようになって、中気を含まない月が現れることがあっ
 て、こうした暦月が閏月になりました。

 恒気法を用いている頃は、このように単純な話だけで済んだのですが、天保
 暦で用いるようになった定気法では、面倒な問題が発生しました。それは、
 中気と中気の間隔が季節によって異なり、朔望月よりも中気と中気の間隔が
 短い時期が出来てしまったことです。

 定気法での二十四節気では、中気と中気の間隔が短くなるのは冬の時期、逆
 に長くなるのは夏の時期です。
 実際の長さを見ると、直近の冬至〜大寒の間隔は 29.45日、直後の夏至〜大
 暑の間隔は 31.45日と 2日も、その長さが違い、冬至〜大寒の間隔は、平均
 朔望月よりも短くなっています。

 朔望月よりも中気と中気の間隔が狭くなると云うことは、旧暦の一暦月の間
 に、二つの中気が含まれるという、恒気法では起こりえない問題が発生して
 しまいます。また、二つの中気が含まれる月が現れると、その余波で、前後
 に中気を含まない複数の暦月が生まれてしまいます。

◇二つの中気が含まれる暦月の実例
 実際に、天保暦が使われ始めた1844年から2099年までの間で、二つの中気が
 含まれる旧暦の暦月を調べてみると

  1851年 ・・・ 2回(3)
  1870年 ・・・ 1回(2)
  1965年 ・・・ 1回(2)
  1984年 ・・・ 1回(2)
  2033年 ・・・ 2回(3)
  2052年 ・・・ 1回(2)

 の6回ありました。「○回(△)」としたのは、この年に

  二つの中気を含む暦月が○回現れ、中気を含まない暦月が△回現れる

 ことを示しました。
 なお、年数については、二つの中気が含まれる月は既に書いた理由により冬
 に集中するので、1851年とは、1851年末から翌年の始めにかけた時期を表し
 ています。

 このように中気を二つ含む暦月が出現すると、()内に書いたように複数回
 の中気を含まない月が生まれてしまいます。このような場合、中気を含まな
 い月全てが閏月になるわけではなく、中気を含まない月にもかかわらず、閏
 月でない本来の月として扱われることがあります。それは、二つの中気を含
 む暦月が現れることで、本来の暦月の数が不足してしまうため、これを補う
 ために、中気を含まない月を、便宜的に本来の月として数えるためです。

 このため、1851年, 1965年は、中気を含まない月があるにもかかわらず、閏
 年になりません。ただ、二つの中気を含む月が現れる年は月の並びを調整す
 る必要があるので、どれもこれも面倒なことになります。

 この辺りは、言葉だけで書くのは難しいので、いずれ Webこよみのページ
 で、図表をつけて説明してみたいと思います。
 何かすっきりしませんが、話が長くなり過ぎましたので、今日のところはこ
 のへんで。

 ああ、なんか「宿題」が残ってしまった、本日の暦のこぼれ話でした。

  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
   magazine.std@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2015/02/19 号

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