こよみのぺーじ 日刊☆こよみのページ スクラップブック  (PV , since 2008/7/8)
■「シルクロードの日」から
 「今日は何の日」のデータを見ていると、本日は「シルクロードの日」とあ
 りました。

 これは、かつてシルクロードの要衝にあり、交易で栄えた都市、楼蘭(ろう
 らん)の廃墟が、中央アジアのタクラマカン砂漠の中に発見されたのを記念
 した記念日です。
 楼蘭発見の年は1900年(明治33年)でした。

◇楼蘭(ろうらん)とロプ・ノール湖
 楼蘭の名は中国の有名な史書、史記にも登場する都市で、史記によれば塩水
 を湛えた大きな湖(ロプ・ノール湖)の湖畔に栄えた城郭都市であったとさ
 れていましたが、その大きな塩湖とともに砂漠に姿を消して1900年当時には
 どこにあったのかも解らなくなっていた都市でした。

 楼蘭があったと考えられたタクラマカン砂漠は、年間の降水量がわずか数mm
 に過ぎないという極度に乾燥した砂漠です。その「タクラマカン」という名
 前はウイグル語で「死の世界」を意味し、迷い込んだら生きては帰れない砂
 漠と怖れられた場所だったそうです。

 19世紀末当時、タクラマカン砂漠周辺は地球上に残された数少ない地理学的
 な空白地帯で、多くの地理学者、探検家を引きつける場所となっていました。

 その地理学的空白地帯を埋めるべく、幾隊もの調査隊が向かいましたが、か
 つて「広大な塩湖、ロプ・ノール湖」があったことが、史記を始めとした古
 い文献には度々記述されているにもかかわらず、どの隊もその塩湖を発見す
 ることが出来ませんでした。

 実は、1876〜1877年にこの地域を調査したロシアの調査隊は、タリム河の下
 流に二つの湖があることを発見し、これがロプ・ノール湖であると考えまし
 たが、この湖は淡水湖であったことと古代中国の地図から推定される場所か
 ら、 400kmも離れた場所にあることから、ロプ・ノール湖とは別の湖である
 と考える者も多く、相変わらず、ロプ・ノール湖とその湖畔に栄えたとされ
 る楼蘭の存在は謎のままでした。

◇砂漠に消えたロプ・ノール湖とその復活
 ロプ・ノール湖の所在とその湖畔に栄えたとされる楼蘭の謎は1900年にタク
 ラマカン砂漠地帯を調査していたスウェーデンの地理学者、スヴェン. A.ヘ
 ディン(Sven.A.Hedin) が砂漠地帯で干上がった古代の湖の痕跡を発見し、
 次にその湖の痕跡の周辺から古代都市の遺跡を発見したことで、解かれかれ
 ました。

 この干上がった湖こそ、史記にその存在が記述されていた塩湖であり、古代
 都市の遺跡が楼蘭だったのです。

 ヘディンの発見は単なる偶然によるものではなく、ロプ・ノール湖があった
 と考えられる場所を縦断し、その高低図(断面図)を作れば、かつて湖であ
 った場所があればその地形的な特徴が解るはずと考えて勧められた調査の結
 果でした。

 ヘディンの予想は当たり、干上がった湖と思われる地形が見つかりました。
 そこからは塩の層や貝殻、それに湖畔に生えていたと思われる涸れた木の痕
 跡が見つかりました。そしていくつかの幸運があって、ロプ・ノール湖の湖
 畔に栄えたとされる楼蘭の廃墟も同時に発見できたのでした。

 この発見後も周辺の地形の調査を継続したヘディンは、失われた塩湖、ロプ
 ・ノール湖の跡と、その 400kmも南にある、ロシアの調査隊が発見した淡水
 湖の関係に気づきました。

 この地域一帯の標高差はほんのわずかなもので、河が流れれば水が運ぶ堆積
 物によって河床が高くなり、一方、強い風が吹きつける砂漠地帯は風による
 土砂の浸食によって低い場所が出来てゆきます。この傾向が長く続くのなら
 河はやがてその流路を変えるのではないかとヘディンは考えました。

 こうした河の流路の変化によって、かつてロプ・ノール湖であった湖への河
 水の流入が途絶え、ロプ・ノール湖は干上がり、新しく河水が行き着いた先
 に別の湖が出来たのではないか?
 そして、豊かな水を湛えたロプ・ノール湖が干上がると、水を失った都市、
 楼蘭も見捨てられ、砂漠に埋もれることになったのではないかと。

 発見当時は、干上がった状態であった、かつてのロプ・ノール湖でしたが、
 もしヘディンの考えが正しいのだとすれば、いつかまた河の流路が変わり、
 再び昔の姿を取り戻すかもしれない。ただ、こうした自然の変化は何百年、
 何千年どころか、何万年もかかる変化かも知れない。こうした変化を思いつ
 いたヘディン自身も、それが本当かどうか、確かめられる日が自分の命の続
 く間に起こるとは思っていなかったようです。

 ヘディンの考えはある点では正しく、そしてある点では間違っていました。
 ヘディンの発見からわずか21年後、砂漠地帯を流れている河が流路を変え始
 め、砂漠に消えた湖、ロプ・ノール湖が再びその姿を現したのです。

 これを知ったヘディンは、1934年に再びこの地を訪れ、いつかロプ・ロール
 湖が復活するだろうという自分の説の正しさと、自分の命の続く間に、それ
 を確かめることは出来ないだろうという予想の誤りを知ることができたので
 した。

◇余談
 「シルクロードの日」にかけて、中学生の頃にワクワクしながら読んだ、ヘ
 ディンの探検記の話などを思い出しながらこの記事を書きました。
 あの頃は、私もまだ純真だったななどと思いながら・・・

 最後に、残念なお知らせ。
 ロプ・ノール湖は、ヘディンが復活を目にした後、20世紀半ばまではその姿
 を留めていたそうですが、その後の気候の変化や河にダムが作られたことの
 影響などから、現在は干上がってしまっており、その湖底の跡に塩の層を残
 すばかりになってしまっています。

 きっと、Google Earthなどを使えば、現在のロプ・ノール湖(の跡)を見る
 ことが出来ると思います。

  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
   magazine.std@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2015/03/28 号

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