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■花火大会の季節
 「夕方は、花火大会で道路が封鎖されるよ」

 知人から、そんな知らせが届きました。
 さて、今日の晩は何処の体育館で練習しようかな・・・と情報収集中の連絡
 でした。そうか、今日(2015/07/25)は隅田川の花火大会の日か。この近辺
 の体育館での練習はパスだな・・・。

◇両国の花火大会
 隅田川の花火大会の始まりは、享保十八年(1733年)に始まった両国の花火
 大会がその始まりです。途中に、何度かの中断はあったものの、その歴史は
 間もなく 300年。よく続いたものです。それだけ、花火大会という行事が、
 愛されてきたという証でしょう。

 両国の花火大会は、隅田川の川開きの日に行われました。
 隅田川の川開きの日付は五月二十八日でした。江戸時代のことですので、も
 ちろん当時の暦の日付です。両国界隈では、この川開きの日から3ヶ月が納
 涼の期間とされ、隅田川沿いには、茶屋や出店が並び、大勢の人々が夕涼み
 客で賑わったそうです。

 両国の花火大会が始まった享保十八年の前年、享保十七年は西日本の広い地
 域でイナゴの害などによる大飢饉があり、江戸では疫病が流行して、大勢の
 人が亡くなったことから、なくなった人々の慰霊と、疫神の退散を願って、
 川開きの水神祭りの一環として打ち上げられた花火が、両国の花火大会の始
 まりです。

 花火大会は楽しいけれど、どこか哀愁が漂うのは、その始まりが飢饉や疫病
 で亡くなった人々の慰霊のために始まったものだから何でしょうかね。
 ちなみに、享保十八年五月二十八日の日付を現在、私達が使っているグレゴ
 リオ暦で表すと1733/07/09となります。

◇街中での花火は禁止
 恐ろしいものといえば、

  地震 雷 火事 オヤジ

 と相場が決まっています(ちなみに「オヤジ」は親父ではなくて「大嵐=オ
 オヤジ」だそうな)。

 花火は、この四大恐怖の一つである「火事」とは切っても切れない間柄。
 火事は現在でも恐ろしい災厄でありますけれど、現在のような不燃、耐燃素
 材ではなくて、「木と紙で出来ている」といわれた家々が密集していた江戸
 時代の街では、火事は、それこそ大変な恐怖、災厄でした。そのため、街中
 での花火は厳禁。

  夜になったら、家の前の路地で花火をしよう

 なんていうことは出来なかったのでした。
 花火禁止の例外とされた場所はというと、川筋、河口、沿海部といったとこ
 ろだけでした。
 隅田川の花火大会も、こうした江戸時代の禁止事項の結果、生まれたものと
 いうことが出来るでしょう。

◇鍵屋と玉屋
 江戸、両国の花火大会といえば、

  鍵屋〜、玉屋〜!

 のかけ声で有名です。
 この鍵屋と玉屋はいずれも花火師の名前。
 両国の花火大会が始まった当初、この打ち上げ花火に活躍した花火師が鍵屋
 六代目弥兵衛。こちらが「鍵屋」です。

 玉屋はというと、鍵屋の番頭が独立(暖簾分け)して玉屋市兵衛を名乗って
 これも、花火師として活躍しました。これが「玉屋」です。

 両者は両国の花火大会で、上流を玉屋が、下流を鍵屋が担当して、それぞれ
 に趣向を凝らし、花火師としての腕を競いあったので、

  鍵屋〜、玉屋〜

 のかけ声が生まれました。
 さてさて、本日の隅田川の花火大会、鍵屋、玉屋の末裔たちは、どんな花火
 を、川面に映し出してくれることでしょうね?
 (なんて云いながら、花火大会の時間には、私はどこかの体育館で走り回っ
 ていて、花火をみていないと思いますが。なんとも風情のないことで)。

  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
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オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2015/07/25 号

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