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■2033年問題・その2(不均等になった閏月)
 ここのところ、2033年問題のお陰(?)で、いわゆる旧暦の話が頻発してお
 ります。本日もちょっとだけ、関係する話。
 現在のいわゆる旧暦の元になった天保暦の閏月の話です。

 ご存じのとおり、日本で長らく使われていた太陰太陽暦の基本的な考え方は

  ・暦月は朔(新月)の日で区切る
  ・暦月に含まれる二十四節気の中気で暦月名を決定する。
   (※これによって暦月と季節のずれを一定の範囲に留める仕組み)
  ・暦月に中気が含まれない月を閏月とする。

 という、至極わかりやすいものです。
 長いこと、このわかりやすい決まりだけで事足りていたのですが、日本では
 最後の最後に生まれた「天保暦」で、しくじってしまいました。
 何がしくじりかというと、二十四節気の決定方法を変更したとです。

◇等時間間隔から等角度への変更
 それまでの二十四節気は、冬至〜冬至までの日数(季節の巡る1年の長さと
 いってもよいでしょう)を24等分して決めるという恒気(あるいは、平気)
 法という方式によっていたところを、一年に太陽が黄道を一周、 360°する
 ことから、この角度を24等分し、この等分した角度と一致する点を太陽が通
 過する日を求めて、二十四節気を決めるという、定気法に変更しました。

 天保暦で採用された太陽の位置による定気法の方が、より天文学的といえま
 すから、なんだか「より正確になった」ような気がしないではないですが、
 これを、規則性、均等性が重要な作暦に無闇に取り入れてしまったことは、
 失敗だったと思います。

 作暦者としては、何か新しくて、より正確(に思える)方式を取り入れたか
 ったのだろうなとは思うのですが、後から思えば、要らぬ変更であったと、
 改暦を行った本人も思ったのではないでしょうか?

 恒気から定気に変更して何が起こったかというと、

  1.閏月の挿入時期に偏りが出来てしまった
  2.二つの中気を含む暦月が現れるようになった

 思わぬ(?)副作用でした。

◇閏月の偏り
 恒気法では、閏月はどの月にもほぼ均等に出現します。ところが定気法では
 地球が太陽に近い時期、動きの速い時期には二十四節気の間隔が短く、逆に
 地球が太陽から遠い時期には二十四節気の間隔が広くなります。

 二十四節気の間隔が広いほど、「中気を含まない暦月」が生まれやすくなり
 ますから、こうした時期に閏月が出現しやすくなります。現在は地球と太陽
 の距離が一番近い時期は、1月の始め頃(旧暦では11〜12月頃)、逆に遠い
 時期は7月始め頃(旧暦では5〜6月頃)ですから、北半球の夏の時期には
 閏月が現れやすいということになります。

 実際に1844年から2301年までの間で、旧暦のどのくらいの割合になるか計算
 して見るとこんな具合になります(計算には現在の天体暦の数値と、日本標
 準時を使用。将来の地球自転の遅れは独自の予測値を使用しました。ちょっ
 とだけ、手抜きかな・・・)。

 結果は、中気を含まない月が計 184回、これに天保暦で追加された置閏法を
 加味すると、閏月のはずの月が本月になる場合があり、こうした処理をした
 後の閏月の数は 168回。この回数のうち、閏月が旧暦の1月〜12月のどの月
 になったか、月ごとの回数を調べてみました。

     168回中   ( 184回中)
   1月   1回   1% (  8回   4%)
   2月  12回   7% ( 13回   7%)
   3月  22回  13% ( 22回  12%)
   4月  30回  18% ( 30回  16%)
   5月  33回  20% ( 33回  18%)
   6月  27回  16% ( 27回  15%)
   7月  20回  12% ( 21回  11%)
   8月  11回   7% ( 13回   7%)
   9月   5回   3% (  8回   4%)
  10月   3回   2% (  3回   2%)
  11月   3回   2% (  4回   2%)
  12月   1回   1% (  2回   1%)

  4,5,6月(旧暦では「夏」とされる月)が圧倒的に多く、全体の54%がこの
 時期に集中してしまいます。
 「どおりで最近、夏の期間が延びたような気がした」なんていわないで下さ
 い。これは、定気を採用したことによる悪影響なのですから。

 ただ、不思議に天保暦の特別な置閏法を適用する前(総数 184回の方)を見
 ると、案外、1月の回数が多い。なぜでしょう?
 これは、中気を二つ含む暦月がこの前後に現れることが多い、その余波のよ
 うなものです。

◇二つの中気を含む月
 同じように、1844年〜2301年までの間で、二つの中気を含む暦月が何度有る
 か示します。最初の日付は、二つの中気を含む暦月の初めの日(朔の日)の
 新暦の日付です。後に続く()の数字が、その中気が本来示すべき旧暦の月
 名です。

  1851/11/23 (10, 1) , 1852/01/21 (12, 1)
  1870/12/22 (11,12) , 1965/10/24 (/9,10)
  1984/12/22 (11,12) , 2033/11/22 (10,11)
  2034/01/20 (12, 1) , 2052/12/21 (11,12)
  2147/11/23 (10,11) , 2148/01/21 (12, 1)
  2166/12/22 (11,12) , 2185/11/22 (10,11)
  2204/12/22 (11,12) , 2224/02/20 (/1, 2)
  2242/11/23 (10,11) , 2243/01/21 (12, 1)

 この中に、話題の2033年(とその翌年の2034年)がありますね。
 恒気法を使う時代には悩まなくてよかった、二つの中気を含む暦月出現問題
 です。ああ。

◇失敗だったと思うのですが・・・
 天保暦は日本で使われた太陰太陽暦としては、唯一定気法を採用した暦なの
 ですが、定気の採用のためにこんな暦としては欠点となる閏月の出現月の偏
 り他を生み出してしまいました。

 あちこちで、大騒ぎ(?)しているように見える2033年問題だって、恒気法
 であれば、起こることもなかった問題。

 「2033年問題」を採り上げる方々の中には、「伝統を重んじる日本では、旧
 暦の2033年問題は重大な問題だ」などとおっしゃる方がいらっしゃいますが
 そんなに、「伝統を重んじる」なら、定気法採用の天保暦よりずっと長い歴史
 のある、恒気法採用の暦の時代に戻してしまえばいいんじゃないのかな?

 私自身は、天保暦は暦としては失敗作だと思いますので、その失敗した暦に
 拘泥して、失敗作の暦が生み出した「旧暦の2033年問題」などに悩むことは
 とっても不毛なことだと考えています。

 暦の話好きの、変わり者の間での与太話のネタとしては、面白いかもしれな
 いとは思いますが。
 私は、「変わり者」で与太話好きだから、付き合いますけれど、実世界に影
 響を与える問題だと思うなら、暦って何だろう、旧暦時代の伝統って何だろ
 うと、根本から考え直してみる必要があるのでは無いでしょうかね?

  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
   magazine.std@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2015/09/12 号

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