こよみのぺーじ 日刊☆こよみのページ スクラップブック  (PV , since 2008/7/8)
■夏に増えた閏月
 近頃、夏場に閏月が増えました。
 閏月は太陰太陽暦に時々(大体3年に1度くらいの割合)で、1年の長さを
 調整する為に挿入される13番目の暦月のことです。

 今年も五月と六月の間に閏月が挿入された、閏五月がありました。
 旧暦では、

  一月〜三月  (春)
  四月〜六月  (夏)
  七月〜九月  (秋)
  十月〜十二月 (冬)

 と暦月3ヶ月毎に季節を区切って考えますから、五月と六月の間に閏五月が
 入ると、夏の期間が4ヶ月に増えてしまった感じですね。
 もちろん暦の上でのことだけですが、気持ち的にはちょっと暑苦しい気分に
 なりますね。

◇夏場に多い閏月
 現在の、いわゆる旧暦は、1844〜1872年の間、29年間使用された天保暦とい
 う暦を手本にして作られた暦です(月や太陽の位置計算は、現代の天文計算
 の結果を使っていますし、日付の区切りの標準経度も違いますし・・・とい
 うことで、同じ暦ではありません)。

 この天保暦と天保暦に似たいわゆる旧暦の期間の閏月の分布を調べてみると
 ダントツで「夏」に閏月が集中していることが判ります。
 どのくらいの割合か、1844〜2070年までの閏月の分布で示すと

  春 19 (22.9%)
  夏 44 (53.0%)
  秋 16 (19.3%)
  冬  4 ( 4.8%)  ※1844-2070年の閏月の回数とパーセンテージ

 春夏秋冬の区分けは、旧暦月の一〜三月を春・・・とする3暦月ごとの区切
 りです。ご覧のとおり、夏が多くて冬が少ない。

  「へー、こういうものなんだね、昔の暦って」

 と思われちゃうといけないので、もう一つデータを載せておきます。

  春 79 (25.4%)
  夏 85 (27.3%)
  秋 77 (24.8%)
  冬 70 (22.5%)  ※1000-1843年の閏月の回数とパーセンテージ

 です。この1000〜1843年までのデータでも閏月は若干夏が多くて冬が少ない
 という結果になっていますが、1844年以降のデータのような極端な差はあり
 ません。なぜ、1844年以降、夏に閏月がこんなに増えたのでしょう?

◇天保暦の二十四節気は特殊?
 二つの期間でなぜこれほど割合が違っているのか、その理由は二十四節気の
 計算方式の違いです。
 日本でしっかりした暦法(暦の計算方式、数値などの決め事)にもとづいた
 太陰太陽暦が使われだしたのは、6世紀末からで、それから最後の天保暦ま
 で9種類の暦が使われてきました。

 この9種類のうち、天保暦を除いた8種類の暦は二十四節気の計算に恒気法
 (または平気法)と呼ばれる方式を用いていました。この方式では、まず冬
 至とその次の冬至の日時を計算し、一年の長さを決めます。
 そしてこの一年の長さを日数で二十四分割して、二十四節気の日時を決めま
 す。時間(日数)による分割方式です。

 これに対して、最後の太陰太陽暦である天保暦は太陽が天球を一年かけて巡
 る道筋、黄道と呼ばれる大円を、角度で二十四分割する、「定気法」と呼ば
 れる方式を採用しました。全周 360°を二十四分割していますから、一つの
 区分の角度は15°ずつとなります。

 もし、地球の軌道が円軌道であれば、どちらも結果は同じものとなるはずで
 すが、実際の地球の軌道は楕円形で、太陽にもっとも近づく近日点を通過す
 る時期は冬(現在であれば、新暦の 1/4前後が地球の近日点通過の日となり
 ます)です。反対に太陽から最も離れる遠日点通過は夏(新暦の 7/4前後)
 です。

 地球の動き(地球から見れば太陽の動き)は、近日点付近では早く、遠日点
 付近では遅くなりますから、天保暦のように二十四節気を太陽の黄道上の角
 度で区切る方式では、近日点付近の節気(冬至や小寒、大寒など)の期間は
 短く、遠日点付近の節気(夏至や小暑、大暑など)の期間は長くなります。
 どのくらい違うか、冬至・小寒の期間と夏至・小暑の長さを比べると

  冬至と小寒の二気の長さ ≒ 29.2日
  夏至と小暑の二気の長さ ≒ 31.5日

 案外大きな差です。ちなみに、天保暦以外の恒気法であれば、どちらも長さ
 は同じで、約30.4日となります。

 閏月は基本的に、二十四節気の中の十二の中気と呼ばれるもの(上の例では
 冬至、夏至が中気です)の節入日を含まない暦月がなるものですから、定気
 法のように中気と中気の間が広ければ広いほど、閏月が生まれやすくなりま
 す。そのため、定気法を採用した天保暦(とその方式を踏襲した現在のいわ
 ゆる旧暦)では、閏月は夏に多く、冬に少ないという、アンバランスな分布
 をするようになってしまったのでした。

 ちなみに、月の満ち欠けの周期である朔望月は29.27〜29.83日ですので、冬
 至付近の中気と中気の期間の方がわずかに短かいため、ほとんど閏月になら
 ない月も生まれてしまいます。今回調べた1844〜2070年の期間では、閏正月
 は一度も出現しませんでした(私の計算では。2033年問題の取扱いによって
 は、閏正月が生まれる場合も考えられます)。

◇定気法採用と旧暦の2033年問題
 閏月の挿入時期に偏りが生じてしまうという問題は、天保暦の大きな(最大
 の?)欠点です。これは、二十四節気の計算方式を太陽の黄道上の位置を用
 いて角度で分割する定気法を採用したことが原因です。
 おそらくは、西洋天文学が流れ込み、この影響を受けてより

  天文学的な暦

 としたいという作暦者たちの考えがあってのことだと推測できるのですが、
 その考えにとらわれ過ぎたために、暦本来の均一性とでもいうべき部分を損
 なってしまったのは残念です。その上、それまでの暦では考えられなかった
 一つの暦月の中に二つの中気(の節入り日)が含まれてしまうなんていう、
 奇妙な現象まで生み出してしまったし。

 二十四節気の計算に定気法を用いた結果、天保暦では閏月を配置する規則は
 複雑化しました。そして、それでもなお解決困難な奇妙な暦月の配列が出来
 ることがあって、「旧暦の2033年問題」といわれる問題まで生み出すことに
 なってしまいました。何とも残念な暦です(個人的には、天保暦は暦として
 は失敗作だったと考えています)。
 

 現在のいわゆる旧暦は、天保暦同様に定気法による二十四節気を用いており
 そのため、その欠点も同様に引き継いでしまいました。
 本来、暦法の欠点がはっきりすれば、これを改めて新しい暦を作る(これが
 改暦ですね)のが当たり前なのですが、今は旧暦は廃止された暦ということ
 で、これを管理する人がいませんから、いわゆる旧暦の改暦というのは、出
 来ない相談。

 「旧暦の2033年問題」なんて呼ばれて、いろいろと迷走しているのは、現実
 には29年しか使われていない失敗作の暦を、そのまま使い続けたつけなんで
 しょうかね?
 恒気法であれば、2033年問題なんて起こるはずのない問題なのに(そして、
 2033年以後も起こらない)。

 天保暦にこだわらず、日本で使われた天保暦以外の太陰太陽暦がみな採用し
 ていた恒気法に戻したら、2033年問題を小手先の細工で乗り切るのではなく
 抜本的に解決できるのにと思うのですが、賛同してくれる人はいるかな?

 「夏に増えた閏月」と題して始めたのに、最後は2033年問題になってしまい
 ました。脱線しすぎたかな?

  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
   magazine.std@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2017/08/25 号

こよみのぺーじ 日刊☆こよみのページ スクラップブック