こよみのぺーじ 日刊☆こよみのページ スクラップブック  (PV , since 2008/7/8)
■「時そば」の時刻
 本日は、有名な古典落語、「時そば」(あるいは「時蕎麦」)に登場する時
 刻の話です。

 この話は、屋台のそば屋で客が代金を支払う際に、小銭を数えながら、その
 間に、店の親父さんに時刻を尋ね、親父さんが答えた時刻を使って代金を一
 文、ちょろまかすトリックを目撃した人が、自分でもやってみたくなってま
 ねをしたけど、慌て者で、実行する時刻を間違えて、ちょろまかすどころか
 かえって余分にお金を払ってしまったという笑い話です。

 有名な話なので、ちょっと調べると話の筋はすぐに見つかると思いますので
 この話をご存知無いという方は、調べて見て下さい。

◇時そばのトリック
 さて、この話で使われたトリックはこうです。
 蕎麦の代金、十六文を支払う際に小銭を数えて

 「一(ひい)、二(ふ)、三(み)・・・八(や)」
 まで進んだところで、
 「今何時だい?」
 と突然時刻を尋ねます。これに答えた屋台の親父さんが
 「へい、九ツで」

 と答え、男はこれに続けて
 「十(とお)、十一・・・十六と。ご馳走さん」

 と言って帰ります。「九つ」と数える所を親父さんの答えた時刻「九ツ」で
 ごまかして一文、ちょろまかしたというわけです。
 まあ、これだけだと、セコい話で終わりますが、ここにもう一人の男が加わ
 ると笑える話となります。

 このやりとりを見ていた男が、このトリックに気が付きます。そして、自分
 もやってみたくなった。どうにも我慢できなくなって翌日実際にやってみる
 ことにします。
 やってみようと思ったら、もう早くやりたくてしかたが無い。
 宵のうちからソワソワ。そしていざ決行してみたのですが、

 「一(ひい)、二(ふ)、三(み)・・・八(や)」
 「今何時だい?」
 「へい、四ツで」
 「五(いつ)、六(む)・・・十六と。ご馳走さん」

 さて、いくら余分に払ったでしょうね?

◇なぜこんな失敗が起こったのか?
 やっと、時刻の話です。
 江戸時代の日常に使われた時刻として時鐘(じしょう)と呼ばれる鐘の打音
 で知らされる時刻がありました。
 江戸の町にはいくつかの時鐘がありましたが、その最初は本石町に作られた
 鐘で、この鐘は幕府公認。周囲の町から、毎月「聴鐘銭」なる料金を取るこ
 とが認められていたものでした。

 さて、この鐘が4回叩かれると、「四ツ」、5回なら「五ツ」という時刻を表
 したのです。

  「お、時の鐘が8回聞こえた。八ツ時か。そろそろお八ツにするか」

 といった具合です。
 ま、分かり易いといえば判りやすいシステム。
 ただ、問題は、その数のならび方。なぜか深夜の0時に「九ツ」から始まり

  九→八→七→六→五→四

 次に、昼、正午に再び「九ツ」に戻って

  九→八→七→六→五→四

 と変化して、一日となります。
 何で、数字が減るの? 三〜一は何処へ行ったの?
 その答えは、今や誰も知りません。
 そして、「だって、こういうものだったんだから、仕方ないでしょう!」と
 いうことに(いくつか、説はありますが、どれもこれも推測の域を出ない上
 に、説得力がない)。
 
 「時とば」でお金のちょろまかしテクニックを使ってみようとして失敗した
 男は、早くやってみたくて、深夜になるまで待てなかったこと。
 あと、1〜2時間待てばよかったのに、九ッより一時早い四ッに実行してしま
 ったことでした。

◇ついでに、今風の時刻で表すと
 この江戸の日常に使われた時鐘の時刻は数の数え方が変なだけじゃありませ
 ん。現代の我々からすると、不思議なことがあります。
 それは、一時の長さが昼と夜で異なること。そして季節によっても変化する
 ものであったことです。

 まず、昼と夜を明六ッと暮六ッで区切り、昼の長さを6等分して、昼の一時
 とし、夜の長さを6等分して夜の一時としています。ちなみに、この区切り
 の、「明六ッ」「暮六ッ」ですが、これは日出没の時刻ではなくて、日出没
 前後の薄明と呼ばれる明るい時間帯の始まり、終わりを示しています。
 具体的には、太陽の中心が地平線下、7度21分40秒となる瞬間として計算す
 ることが出来ます(大体、日出没時刻の35分前、あるいは後くらいです)。

 昼と夜の区切りの明六ッ、暮六ッの区切りが薄明の始まり、終わりといった
 現象を基準としているということは、もうお解りですね。この昼と夜の長さ
 は季節によって変化します。そうすると一時の長さも変わります。

 最後に、東京(江戸)の経緯度で冬至の頃と夏至の頃のそれぞれの一時が、
 現在の何時頃に相当するかを示したものを掲げます。

 冬至の頃(江戸)
 夜 暮六ッ(17:28〜19:39)
   夜五ツ(19:39〜21:49)
   夜四ッ(21:49〜24:00)
   暁九ツ(00:00〜 2:11)
   暁八ツ( 2:11〜 4:21)
   暁七ツ( 4:21〜 6:32)

 昼 明六ッ( 6:32〜 8:21)
   朝五ツ( 8:21〜10:11)
   朝四ッ(10:11〜12:00)
   昼九ツ(12:00〜13:49)
   昼八ッ(13:49〜15:39)
   昼七ツ(15:39〜17:28)

 夏至の頃(江戸)
 夜 暮六ッ(19:55〜21:17)
   夜五ツ(21:17〜22:38)
   夜四ッ(22:38〜24:00)
   暁九ツ(00:00〜 1:22)
   暁八ツ( 1:22〜 2:43)
   暁七ツ( 2:43〜 4:05)

 昼 明六ッ( 4:05〜 6:43)
   朝五ツ( 6:43〜 9:22)
   朝四ッ( 9:22〜12:00)
   昼九ツ(12:00〜14:38)
   昼八ッ(14:38〜17:17)
   昼七ツ(17:17〜19:55)

 「時そば」は冬の話ですので、失敗した男は、現在の時刻で言えば午後10時
 頃に「やっちゃった」んですね。ああ、あと2時間・・・

  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
   magazine.std@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2019/01/20 号

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