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■日本の「紀元」
 皆さん、「紀元」とご存知ですか?
 本日は、ふと「紀元」という言葉が頭に浮かんだので、これを題材にして暦
 のこぼれ話を書いてみることにしました。

◇日本が建国した年月日(神話上の)
 日本書紀の神武天皇即位の日の記述、

  「辛酉年の春正月の庚辰の朔に天皇橿原宮において帝位に即く」

 を現在の太陽暦に変換すると紀元前 660年 2月11日。
 ご存知の通り、2月11日は「建国記念の日」。これは、日本書紀にあるこの
 日を日本という国が形づくられたことを象徴する日と考えた結果です。

 もちろん、この日付は歴史上の事実というのではなく、建国神話の日付では
 ありますが、千年以上も前に自然発生的に生まれた国の建国の日付が明確に
 わかるはずもありませんから、この日を日本という国の建国を記念する日と
 するという考えには、私は賛同いたします。

◇紀元とは
 さて、本日のタイトルにも用いました「紀元」ですが、この言葉は広義には
 年数を数え始める基点を表す言葉です。例えば西暦でも紀元前(BC)とか紀元
 後(AD)と使います。これも伝説(?)上のキリスト誕生の年から数えた年数
 という意味で使われています。

 日本においては、前述した神武天皇即位の日から年数を数え始めと考えてこ
 の年から数えた年を「紀元○×年」と称します。前記の西暦紀元と混同する
 ことがないようにと言う場合は、「皇紀」とすることもあります。

◇「紀元」はまだ使われている?
 今年は、紀元2679年です。
 今時、紀元だとか皇紀だとかもないものだと思われるかもしれません。現に
 日本の暦の元となる暦象年表にも書かれていませんから。

 ですがまだ日本の暦を作る上で「紀元」が根拠になっているものが一つだけ
 あります。次の条文をご覧下さい。

  明治三十一年勅令第九十号
 (閏年ニ関スル件・明治三十一年五月十一日勅令第九十号)

  神武天皇即位紀元年数ノ四ヲ以テ整除シ得ヘキ年ヲ閏年トス
  但シ紀元年数ヨリ六百六十ヲ減シテ百ヲ以テ整除シ得ヘキモノノ中更ニ
  四ヲ以テ商ヲ整除シ得サル年ハ平年トス
 
 なんだか難しそうな条文ですが、これが日本における「閏年」の求め方を示
 した法律です。内容をもうちょっと分かりやすく書き直すと、

  1.神武天皇即位紀元年数を 4で割って、割り切れる年を閏年とする。
  2.ただし1であっても紀元から660を引いた数を100で割って割り切れる
    年で、かつその結果が 4で割り切れない年は平年とする。

 例えば今年を考えると、紀元2679年で 4で割り切れませんから閏年ではあり
 ません。来年は紀元2680年で4で割り切れかつ、100では割り切れませんから
 うるう年になります・・・てなことです。
 でも、このうるう年の計算方法って、どこかで見たような?

 そう、本当は単にグレゴリウス暦の閏年の算定方法を無理矢理に、紀元に適
 応させたものなのです。ただし、西暦を使わず何とか紀元(皇紀)を用いて
 閏年を求める方法としてこれを考えたのでしょう。

 この勅令(法律)は明治31年のものですから大変古く、今ならおそらく西暦
 を使っても誰も文句を言うことはないと思うのですが、法律を直すのは大変
 だからでしょうか、特に困っていないからでしょうか、この法律が今以て日
 本の閏年を決めるための根拠となっています。こう考えれると古いと言われ
 ようと何だろうと、細々ながら

  神武天皇即位紀元

 は生き続けているのです。
 とは言いながら・・・明治の初めの頃の政府は、日本が古くて伝統のある国
 であることを(そして、おそらくは万世一系の天皇の統治する国だというこ
 とを)示したいために、この紀元を使おうともくろんだようなのですが、現
 実はご存知の通り、ほとんど浸透することなく終わってしまった感がありま
 す。残念(?)でした。

 本日は、ふと浮かんだ日本の「紀元」にまつわる暦のこぼれ話でした。

  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
   magazine.std@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2019/05/22 号

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