こよみのぺーじ 日刊☆こよみのページ スクラップブック  (PV , since 2008/7/8)
■旧暦は地球温暖化を予言していた?
 「旧暦は日本の季節によくあった暦である」

 そんな話を時々耳にします。
 現在使われている新暦(グレゴリウス暦)の一年の始まりの時期は天文学的
 ・暦学的意味が希薄で、四季の巡りの始まりの時期とも一致していませんか
 ら、新暦が日本の季節に合わない暦だと思う方がいることは理解できます。

 一年の始まりと四季の巡りの始まりの時期との一致という点だけをみれば、
 旧暦の年初の位置が日本の伝統的な四季の循環の始まりと考えられている立
 春付近に置かれていることから「旧暦は日本の季節によくあった暦である」
 と思ってしまう気持ちも理解出来ます。

 しかし、旧暦の年初は立春付近にあるといっても、それは平均の話であって
 それそれの年で見れば、新暦の1/20頃〜2/19頃の間で変化します。

  1ヶ月くらいの差は些細な問題だ

 ともいえるかもしれませんが、それなら新暦の年初と立春の時期の差の1ヶ
 月も些細な問題ですよね?

 新暦はその年初の位置を別とすれば、季節の循環である「1年」を正確に表
 し、毎年同じ季節に同じ日付が巡ってくるという点では旧暦よりずっと優れ
 た暦だと私には思えるのですが、こうした話は「旧暦礼賛」の方々には、な
 かなか通じません。

 本屋さんでよく見かける「旧暦・・・」という本の中にも、「旧暦こそ日本
 の季節に合致した暦」という観点から書かれた本が多く、皮肉なことにそう
 した本の方がきちんとした暦法の説明を行っている本より売れ行きは好調な
 ようです。私から見るとこう言う本は「ちょっと困った本」なのですが。

 私から見た「ちょっと困った本」の中には驚いたことに地球温暖化現象を
 「旧暦は予言している」書いた本があります。ここまで来るとちょっと困っ
 たを通り越した暴論・妄論。旧暦への誤解を生むだけの話です。

 (今回の話とは無関係ですが、私自身は昨今の人類による二酸化炭素排出量
  増加による地球温暖化という説に、かなり懐疑的。決して地球温暖化自体
  を肯定するものではありません。悪しからず)

 私が読んだ本の範囲でその暴論のもとと考えられる本は

   『旧暦はくらしの羅針盤』 小林弦彦 著

 です。他の本はこの本を参考にしているようです。
 小林氏の本には紀元後〜21世紀までの間の閏月が何月に何回入っているかを
 まとめた「閏月配置表」が掲げられています。

 小林氏の主張は19世紀〜21世紀の閏月が夏の時期に集中し、冬には全くと言
 って良いほど入っていない事が

  地球温暖化を旧暦が予言した結果だ

 と言うものです。夏の時期に閏月が多いのはそれだけ「夏が長い」ことを意
 味するという考えです。

 この表をせっせと作ってくださった小林氏の努力はたいしたものだと思いま
 す。また表示自体には大きな間違いは無いよう(ちょっとだけ、合わないと
 ころもある気がしますが)ですのでその表から1〜18世紀と19〜21世紀の閏
 月挿入の全体に対する割合を読み取ってみる事にします。

  春( 1〜 3月): 25.4% と 25.1%
  夏( 4〜 6月): 25.7% と 49.1%
  秋( 7〜 9月): 25.0% と 21.4%
  冬(10〜12月): 24.1% と  4.7%

 前の%が1〜18世紀のもの。後の%が19〜21世紀までものです。()内の月
 は旧暦の暦月。どちらも合計が100%とならないのですが、これは0.1%でまで
 に四捨五入した結果ですので大目に見てください。

 %の計算の分母になるそれぞれの期間の閏月の数は662と108ですから、上の
 数値は統計的な揺らぎで偶然発生するようなものではありません。

 確かにこの結果を見ると「一目瞭然」で18世紀までは各季節が平均的に 25%
 前後であったのに、19世紀以降は圧倒的に夏の閏月が増えて、冬の閏月が減
 っています。
 小林氏は閏月の入る季節の割合の変化に着目し、この事実を以て

  夏に閏月が多くはいるというのは、夏が長い(閏月が入ると夏の期間が
   4ヶ月になる)、つまり暑い期間が長引くということで温暖化の証拠で
  ある。

 と主張なさっています。
 ところがこの「事実」の説明は地球温暖化を持ち出すまでもなく「旧暦の計
 算方法」そのものによって説明出来てしまうのです。

◇19世紀、その前と後とで旧暦の計算方法が変わった
 我々は明治の改暦以前に使われていた太陰太陽暦を十把一絡げに「旧暦」と
 呼んでしまいがちですが、これは正しくありません。この太陰太陽暦の時期
 にも暦の改良(ときには改悪?)があって、ずっと同じ暦が使われていたわ
 けでは有りません。

 まあ、違うといっても明治改暦で太陰太陽暦から太陽暦へ変わったという
 「大改変」ではなく、学者にしか判らないような「小改変」がほとんどなの
 で、あまり問題にされないだけです。ところが、この学者にしか判らないよ
 うな小改変が、夏に多く冬に少ない閏月を作り出してしまったのです。

 旧暦での閏月の挿入は、「何ヶ月に一度閏月とする」といった単純な規則で
 はなくて、新月の日から次の新月の日の直前までという暦月の中で、二十四
 節気の「中気」を一つも含まない暦月が閏月となるというのが、原則です。
 ですから、真面目に新月の日付と二十四節気を毎年計算しないと決まりませ
 ん。なかなか大変です。

 19世紀になって変わったのは、ここで登場した二十四節気の計算方法です。
 19世紀の半ば、1844年に天保の改暦があり、日本の最後の太陰太陽暦である
 天保壬寅暦が使用されるようになりました。

 この暦は明治改暦以後も非合法(法的に認められていないという意味)の暦
 として、ほぼそのまま踏襲され「旧暦」と呼ばれるようになりました。いわ
 ゆる「旧暦」と言われる暦の日付はこの暦の取り決めに沿って計算されてい
 ます。

 この天保暦の大きな特徴の一つに、二十四節気の計算に「定気(ていき)」
 と呼ばれる方式をとったことがあります。定気とは太陽が一年で一巡りする
 黄道の 360°を角度で24等分した15°毎のポイントを太陽中心が通過する瞬
 間を二十四節気の節入りとするという計算方式です。

 これに対してそれ以前の暦では「恒気(こうき)」と呼ばれる方式を採用し
 ていました。これは一年の長さを決定し、その一年の長さを24当分して二十
 四節気の節入りを決定するという方式です。

◇定気法と恒気法の変更で何が変わるのか?
 この変更によってどんなことが起こったかというと、閏月と関係する二十四
 節気の中気の間隔が変化したのです。

  定気法での中気の間隔 29.44〜31.46日
  恒気法での中気の間隔 30.44日

 旧暦の暦月は新月から次の新月直前までです。この長さは多少変動するので
 すが、平均すると 29.53日(これを平均朔望月といいます)という長さにな
 ります。

 恒気時代の二十四節気の中気の間隔 30.44日は平均朔望月の 29.53日より長
 いので、その差である0.91日の差が累積して朔望月より長くなる間隔でほぼ
 平均して閏月が入ることになります。この間隔は、

   29.53 / 0.91 ≒ 32.5

 ということで、32〜33ヶ月に一度閏月が入ります。幸いこの間隔はほぼ 3年
 の長さですが、32も33も 1年月数である12ヶ月では割り切れない数字ですの
 で、閏月は入る毎にその入る時期が変化します。結果として閏月はどの季節
 でも均等に入るものでした。

 これが定気法になると、中気の間隔が29.44〜31.46日と変化するようになり
 ました。これは太陽の周りを巡る地球の軌道が円軌道ではなくて楕円軌道で
 有るためです。地球が太陽に近い位置にある時には中気の間隔が狭まり、遠
 い位置に有るときにはこの間隔が拡がります。

 そして、現時点では地球が一番太陽に近づくのは新暦では 1/6あたり。これ
 は旧暦でいえば、12月ないし11月にあたります。つまり旧暦では冬とされる
 時期の中気と中気の間隔は大変狭いのです。

 中気と中気の間隔が最短である 29.44日は平均朔望月の 29.53日より短いの
 で、こうなってしまうと「中気を含まない月が閏月」という定義から、閏月
 はこの時期には入らないことになります。

 逆に中気の間隔が 31.46日と長い時には閏月が入りやすいわけですが、この
 時期は新暦では 7/6頃、旧暦でいえば 6月ないしは 5月、夏です。
 つまり、それまでの恒気法から定気法への変更が

   夏に多くて、冬に少ない閏月

 を生み出す原因になってしまったのです。

◇定気法採用について
 定気法の採用は中国の時憲暦が採用し、天保暦はこれを真似て(?)採用し
 たものです。これは西洋天文学が流入したため、地球の軌道が楕円だという
 概念が最新の天文学の知識が作暦に影響したものです。

 つまり、天文学的な精密さを誇るために導入されたものですが、結果として
 閏月の挿入時期が特定の季節に偏在するという暦としてみると欠点となる現
 象を生み出してしまいました。この定気法の導入による弊害は、天保暦の欠
 点として批判されることの多いものです。

◇「旧暦が地球温暖化を予言していた」という誤解とその余波
 小林氏の著作を読むと、どうやら氏はご自分で暦計算が出来る方では無いよ
 うです。そのため、計算された旧暦から閏月の拾い出して「閏月配置表」と
 してまとめ、これを見て「地球温暖化の証拠を発見」したように思いこんで
 しまったようです。

 自分で暦計算をなさる方であれば、この恒気法と定気法の違いという基本的
 な計算方法の違いによってこれが起こってしまうのだとすぐに気が付いたは
 ずなのですが。

 小林氏は、旧暦を使うと季節の変化が正確に予測出来「異常気象」と騒がれ
 るような年があってもそれは「閏月の配置」で説明が付くといった論を本の
 中で展開しています。そして困ったことに、

  「旧暦は日本の季節にピッタリの暦だ」

 と主張する方々はこの本の内容を鵜呑みにしている方が多く、そうした人々
 が旧暦に対する誤解を振りまいているようです。小林氏の本の内容を引用し
 ている本がいくつもあります。小林氏の説を信じている人は多いようです。

◇「旧暦」は魔法じゃない
 日刊☆こよみのページの読者の方は、暦について興味がある方々でしょうか
 ら、こうした迷信みたいな話に振り回されることはないと思うのですが、世
 の中にはこうした話に飛びついてしまう人が結構いるのです。

 もし、旧暦で地球温暖化問題(←疑ってますけど)が予想できるのであれば
 私は今頃、そっちの方面の活動家にでもなっていたと思います。
 長く使われてきた旧暦には、長く使われてきただけの何かがあると思いたい
 気持ちも分からないではないですが、

  旧暦は暦の一つ、魔法じゃありません

 てところですね。

  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
   magazine.std@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2020/04/12 号

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