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■暦月の大小
 > 旧暦  4月(大)の大とはどのような意味なのですか?

 2020/6/12のメールマガジンについて、読者の Hさんからこんなご質問をい
 ただきました。
 メールマガジンの定型データの箇所は極力簡潔にまとめなければということ
 で、あまり説明を加えないまま書いておりました。その上、省略した形で。
 言われてみれば、確かにわかりにくいかなと思いましたので、本日はご質問
 にお答えするついで(失礼)に、これに関わる話を書くことにします。

 ここまで書いたところで、お詫びを一つ。
 実は、今回の Hさんのご質問メールを拝見して、自分の間違いに気がつきま
 した。昨日の日刊☆こよみのページの旧暦の表示部分は

  旧暦 閏 4月(大)

 となっているべきところでした。ごめんなさい。
 6/9〜12の3日間の日刊☆こよみのページのこの箇所の記述に「閏」の文字が
 抜けていました(6/8の夜、プログラムをちょっと直した時、バグ作っちゃい
 ました)。

◇月(暦月)の大小
 自分の間違いのお詫びを終えたところで早速、ご質問のあった

  旧暦 閏 4月(大)の大とはなにか

 について書いてみます。この「大」はなにかというと「大の月」です。大の
 月なので「大」ですから、この部分が「小」と書かれることもあります。そ
 の暦月が小の月の時には。

 2020/6/12に対応する旧暦の日付は閏4月22日で、この閏4月という暦月は大
 の月(月末の日付が30日となる月)ということをあらわしています。

 一応、ご質問にお答えしたわけではありますが、これだけでは寂しいので、
 そもそも月の大小とはという話を続けることにします。

 太陰暦、あるいはその修正版である太陰太陽暦は月の満ち欠けの周期(これ
 を「朔望月」といい、平均すると約 29.53日。ちなみに、平均した朔望月は
 「平均朔望月」と呼ばれます)を使って暦の上の月、暦月を区切る暦です。

 暦月を朔望月で区切るといっても、その長さは29日とか30日と云う具合にぴ
 ったり整数の日数になってくれませんので、その端数(少数)部分の扱いが
 問題になります。だって、

  「今日の午前10時25分までは、4月30日で、その後は5月 1日になる」

 なんて、一日の途中で暦月や日付が変わってしまうような暦では、使いにく
 くてたまりません。そういうことが起こらないように、暦月の日数をうまく
 整数に納める工夫が必要になります。その工夫として考え出されたのが月の
 大小です。

 月の満ち欠けの周期は平均すると約 29.53日。どうせ「約」をつけるなら、
 もう一息省略して「約29.5日」と考えれば、暦月の日数を29日と30日とし
 て、これを交互に並べれば平均して29.5日という周期をうまくあらわすこと
 が出来ます。

 もちろん、一つ一つの暦月を見れば日数が朔望月より短い月と長い月が出来
 てしまうのですが、その差はわずかです。それに29日と30日の暦月を交互に
 並べればよいだけなので仕組みは至って簡単。
 このようなわけで、暦月には29日の小の月と30日の大の月が生まれました。

◇大小板
 さて、先の話のままならば話は単純明快だったのですが、この単純明快な話
 に水を差す問題があります。
 一つは、平均朔望月の日数は29.5日ではなくて、29.53058・・・日だという
 こと。もう一つは、平均朔望月はどこまで行っても、所詮は「平均」の値で
 あって、一つ一つの朔望月の日数は変動する(とはいえ、29〜30日の間には
 入りますが)と云うことです。

  「まあ、1日くらいの差ならいいんじゃない?」

 と、思ってしまう私のようなずぼらな人間ばかりならよかったのですが、そ
 れでは我慢できない人、あるいは我慢できない事情を抱えた人は、出来る限
 り、現実の月の朔望と暦月を一致させようと考えるようになりました。そう
 した人達の努力の結果が、精密な太陰暦、太陰太陽暦として結実しました。

 大変精密な太陰暦、太陰太陽暦が出来たのは「目出度い」ことと言えるかも
 しれませんが、手放しで目出度いとは云えない問題も生み出してしまいまし
 た。それは、「何月が小の月で、何月が大の月なのか難しい計算をいっぱい
 しないとわからない」というものです。

  A氏:あれ? 来月って大の月だっけ、小の月だっけ?
  B氏:よし、計算して教えてやるから、ちょっと待ってくれ。

   (・・・B氏は計算を始め、A氏は「ちょっと」待つ・・・)

  B氏:この間の質問の答だけど、分かったよ。大の月だ!
  A氏:この間の質問て、あの先々月にたずねた話か? あのときたずねた
     「来月」はもう先月になっちゃったよ。確かに「先月」は大の月だ
     ったけどね。

 なんてことになる。ここでは答は正解だったことにしましたけど、こんなに
 計算したあげく、計算間違いで不正解だったら目も当てられない悲劇です。

 こんなのは、極端な例だろうと思われるかもしれないのですが、そうでもあ
 りません。日本で太陰太陽暦(いわゆる旧暦という暦)が使われていた時代
 は、来年の暦が発行されるまでは、一般の人々は本当に来年の正月が大の月
 なのか、小の月なのかも分からなかったのです。

 その上、月の大小の並びは毎年変化するので、うっかりすると

  「あ、大の月だと思って、まだ1日あると思ってたら、
   月が変わっちゃった・・・」

 なんていうミスを犯してしまいます。
 江戸時代は、出入りの商人への払いは、いつもニコニコ現金払いではなくて
 月末一括払いという掛け売りが当たり前だったので、「大の月と小の月を間
 違える」のは、笑い話では済まされません。

 大の月なのに小の月だと思って29日に集金にいけば、「月末は明日だ、出直
 しておいで」と言われかねないし、小の月なのに大の月だと思って、いると
 「月末の昨日、集金がなかったので支払いはしなくていいのかと思ったよ」
 なんて、嫌みの一つも言われてしまいます(それでも払ってくれればいいん
 ですけどね)。

 ということで、こうした間違いをしでかさないように考え出された工夫の一
 つが「大小板」という道具。

 この道具、町中の商家の店の軒先などに吊られたもので、「大」と「小」と
 いう文字が表と裏にそれぞれ書かれていたり、うまくデザインして、取り付
 ける角度によって、「大」と読めるときと「小」と読めるときがあるように
 したり、いろいろ工夫(楽しんでる?)した板でした。

 道行く人たちは、この大小板の文字を見て「今月は大の月だ」「小の月だ」
 と確認出来たわけでした。商人達もこれで確認して、間違いなくその月の末
 日である晦日に集金してまわることが出来たのでした。

 月の大小を間違えることなど無くなった現在は、大小板の存在意義は無くな
 り、街角からはその姿が消えてしまいました。

大小板
 ※国立科学博物館に展示されていた大小板。
  展示ケースのガラスの映り込みがありますがご容赦。
  あ、フラッシュなし撮影はOKなの確認して写しましたよ。

◇太陽暦に残るお月様の影響
 太陽暦は、太陽の位置によって一年という周期を求め、これにもとづいて組
 み立てられた暦です。その月にも「暦月」という1年より短い日数の単位が
 あります。

 生活する上で、1年という周期は長いので、もう少し短い期間を暦の上に示
 したいという考えは分かります。しかし太陽暦の仕組みから考えると分割数
 は10でも、20でも問題は無いはず。しかしそうはならずに1年を12に分割し
 ていること、その分割した暦月に30日と31日という「大小」があること( 2
 月は例外的に、28or29日ですが)を見ると、現在の太陽暦も、その生まれた
 ばかりの時代には太陰暦だった名残なんでしょう。

 ついでに、月の朔望の周期を 1/4(新月・上弦半月・満月・下弦半月)にさ
 らに細分すると、その日数は約7.38日。あれ、 7日って・・・。
 現在の暦にも太陰暦の痕跡は至る所に残っているようです。

  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
   magazine.std@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2020/06/13 号

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