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■暦の素朴な疑問・二十八宿と二十七宿?
 『今日の日干支と主な暦注』には二十八宿と二十七宿というよく似た名前の
 ものが並んでいます。

  二十八宿 氏  (※氏+一)[てい] 婚礼,移転,種まき吉.造作,着初め凶
  二十七宿 尾  [び] 婚礼,開店,移転,造作吉.衣類裁断は凶

 二十八と二十七、一つ違いですけど、これって兄弟みたいなもの? それと
 も赤の他人?

◇二十八宿と二十七宿
 二十八宿と二十七宿、名前からしてよく似たこの二つは元はといえば同じも
 のです。生まれたところは古代中国。

 二十八宿、二十七宿の「宿」は星宿のこと、なじみにある言葉で言えば、中
 国の星座のことです。中国の星宿の数は三百以上もあるのですが、二十八宿
 天の赤道(地球の赤道を天球まで拡大したようなもの)に沿って並んだ次の
 星宿です。

 赤道に沿って並んだというほど、きれいに並んではいません。赤道と赤道か
 ら23.4度ほど傾いて存在する太陽の通り道である黄道の周辺に散らばってい
 ると言った方が正確かもしれません。二十八宿は次の星宿です。

  角,亢,氏,房,心,尾,箕, 斗,牛,女,虚,危,室,壁
  奎,婁,胃,昴,畢,觜,参, 井,鬼,柳,星,張,翼,軫

 三番目に書いた「氏」は本当は底の字の作りの部分の文字で氏の下に横棒が
 一本ある文字ですが、一般的な文字でなく、メールだと文字化けしてしまう
 ことが多いので「氏」で代用しています。悪しからず。
 これが二十八宿です。

 この星宿がどのような目的で使われていたかというと、元は月が天球上のど
 こにあるかを知るための目印でした。月は天球を約27.3日で一周するので、
 目印になる星座は月が天球を一周する日数にあわせた28あり、それで二十八
 宿というわけです。

 月は、満ち欠けを繰り返しながらこの28の星座を順に巡ってゆきます。月が
 今夜どの宿にあるかを確かめれば、その前の日、あるいは明日、月がどの星
 宿にあるか、およそ知ることが出来ます。

 こんな月でもその姿を見ることが出来ないこともあります。新月の時です。
 新月はまた「朔(さく)」とも呼ばれます。東洋の太陰太陽暦では伝統的に
 新月の日が暦月の始まりとされます。この日は「朔の日」なので「朔日」と
 いいます(「さくじつ」あるいは「ついたち」と読みます)。

 さて、この朔(新月)の日は月が見えないので確かめることが出来ないので
 すが二十八宿を用いれば、月が最初に見える日(概ね三日月の日)から、二
 十八宿の星宿を2つ遡れば、朔の瞬間に月がどの星宿にあったのかを知ること
 が出来ます(遡って知るから「朔」というわけです)。

 月の見えている場所の星宿から遡って新月の位置を知ると云うことは、実は
 もう一つの天体の位置を知ることにもつながります。その天体とは太陽のこ
 とです。新月は地球から見て月と太陽が同じ方向に見える瞬間だからです。

 こうやって月と太陽が二十八宿のどの星宿にあったかを記録してゆくと、季
 節による太陽の動きも、暦月の初めの日も知ることが出来ます。すると、あ
 ら不思議、いつの間にか「太陰太陽暦」が出来てしまいます。

 まあ、実際にはそんなに簡単にいくものではありませんが、原理はこんな感
 じです。二十八宿は東洋の暦の誕生に深く関係するものだったのです(暦の
 こぼれ話にふさわしい話題ですね)。

 さて、では二十八宿によく似た名前の二十七宿はどんなものでしょうか。
 二十七宿には

  角,亢,氏,房,心,尾,箕, 斗,女,虚,危,室,壁
  奎,婁,胃,昴,畢,觜,参, 井,鬼,柳,星,張,翼,軫

 の27の星宿があります。あれ? 二十八宿と同じ? いえ、確かに27。何が
 減ったのでしょうか・・・と見比べてみると斗宿と女宿の間にあった牛宿が
 抜けています。牛さん、どこにいった?
 牛が逃げ出した場所は、どうやらインドのようです。

 中国生まれの二十八宿はインドに伝えられ、そこでインドより更に西方のバ
 ビロニアで生まれた占星術などに触れている間に、牛宿が抜けて二十七宿に
 なって再び中国に戻ってきました。既に書いたように月が天球を一巡りする
 日数は約27.3日ですから、近似的な整数と考えれば27でもよいわけです。

 この経緯を見ると二十八宿の方が先に生まれたわけですが、日本では後から
 生まれた二十七宿の方を「古法」と呼ぶ場合が有ります。生まれた順から考
 えれば二十七宿を古法と呼ぶのはおかしいのですけれど、これは日本で平安
 時代から 823年の長きにわたって使用された宣明暦が二十七宿を採用してい
 たためです。

 一方の二十八宿は宣明暦の後に日本で使用された貞享暦(天地明察で有名に
 なった渋川春海の作った暦)で採用され、それ以降の暦は二十八宿に戻りま
 したから

  宣明暦(二十七宿) → 貞享暦(二十八宿)

 という流れだけを捉えてこう呼ばれるようになったものと思われます。
 好んで二十七宿を「古法」と呼ぶ方々は二十七宿の方がより古く、それだけ
 正統なものなのだと強調したいようですが、「暦」の歴史から考えれば本当
 の古法は二十八宿ということになります。

 二十八宿も二十七宿も今ではすっかり暦を作るための道具としての役割を終
 えてしまって、占いの世界だけに生き残っています。

 名前と含まれる星宿は牛宿を除けばそっくりな二十八宿と二十七宿ですが、
 その計算方式(撰日法)はそれぞれ「不断」と「月切」というもので異なっ
 ています。この辺の話もいずれ書かないといけないことですが、本日はだい
 ぶ長くなってしまった(それに配信時間が遅くなり過ぎた)ので、本日はこ
 の辺で。

 以上、ちょっとまとまりのよくなかった二十八宿と二十七宿の話でした。

  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
   magazine.std@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2020/07/04 号

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