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■旧暦の三十一日? 幻の明治五年十一月三十一日
 こよみのページ関係に寄せられる質問、要望の類いの中には

  そんなご無体な

 というものも時折(結構?)あるものです。
 そんなご無体な質問の一つに

  今年の旧暦で○月31日の新暦の日付を教えてください

 というものがあります。
 最初にこんな質問(?)をいただいたのは20年近く前のことで、その時には
 頭の中に?マークが幾つも並んだことを覚えています。それ以後も時折同種
 の質問をいただくことがありますが、二度目以降は、「お、また来たね」と
 おおらかに質問を受け取ることが出来る様になりました。ま、おおらかに受
 け入れても答えは変わりませんが。

  旧暦には三十一日はありません!

◇明治五年十一月三十一日
 そんな、旧暦時代はあり得なかった三十一日という日付が、あったかもしれ
 ない年がありました。それが明治五年。
 明治五年と聞いて、日本で太陰太陽暦がまだ、公式の暦であった、つまり旧
 暦が旧暦で無かった最後の年だとピンと来た方は、暦のマニア(見方によっ
 ては変わり者)ですね。

 話は、明治5年11月9日に発せられた有名な改暦の布告から始まります。
 この布告には

  明治5年太政官布告第337号
  太陰暦ヲ廃シ太陽暦ヲ頒行ス(明治5年11月9日より抜粋)

  一 今般太陰暦ヲ廃シ太陽暦御頒行相成候ニ付來ル十二月三日ヲ以テ
    明治六年一月一日ト被定候事 

 とあり、布告に従って翌年の明治6年から太陽暦(新暦)が使われることに
 なりました。これはまた長く続いた日本の太陰太陽暦の歴史が明治5年で終
 わることを意味する布告でもありました。

 この有名な改暦の布告は、このコーナーでも何度か採り上げてきましたが本
 日はこの布告の話では無く、その後に出された別の太政官布告にまつわる話
 です。こちらの布告の内容は次のとおり。

  明治5年太政官布告第359号
  改暦ニ付月日ヲ改定ス (明治5年11月23日)

  今般御改暦ニ付テハ来ル十二月朔日二日ノ両日今十一月卅日卅一日ト
  被定候条此旨相達候事

 「今回の改暦については来る12月1,2日の両日は今月11月30,31日とする」
 ってことだよね? ええ!

 この布告の出された年は明治5年、つまり改暦前ですから日本の暦は太陰太
 陽暦、今で言うところの旧暦の時代です。この年の11月は本来は29日まで
 の小の月でしたが、翌12月の1,2日を11月に繰り込み、11月の30,31日にす
 ると云うことです。

 先に紹介した改暦の布告で、この年の12月3日に相当する日は、翌明治6年の
 1月1日とし、この日から太陽暦が使われるとされていましたから、旧暦時代
 最後の月となる明治5年の12月はたった2日しかないことになります。後から
 発出された太政官布告359号は、この2日しかない12月の日付を11月に繰り込
 んでしまうと言うお達しでした。

 なぜこんな布告が出されたのかと言えば、それは公務員の給料の問題。
 この頃既に公務員の給与は暦月単位で出される月給制を採っていましたから
 たった2日しかなくとも12月があると、12月分の月給を公務員に支払わなけ
 ればならなくなります。

 財政難で、台所は火の車だった明治政府にとっては、この1ヶ月分の公務員
 給与の支払いは大きな負担となります。その上、たった2日しか働かないの
 に1ヶ月分の月給を支払わなければならないなんて理不尽です(といったと
 ころで、そう決めたのは明治政府自身ですが)。そんなわけで、12月を暦の
 上から消してしまおうと、この12月抹殺指令とも云うべき布告が発出された
 のでした。

 まあ、月給問題は明治政府の考えるべき問題として、こよみのページ運営者
 として見過ごせないのが、旧暦時代の明治5年に31日という太陰太陽暦の常
 識ではあり得ない日数の暦月が出来てしまったこと。

  旧暦の31日? そんなものありません

 と言えなくなってしまうじゃないですか!

◇幻に終わった「十一月三十一日」
 で、どうなったかというと、残念ながら(私的には幸いなことに)、この明
 治五年十一月三十一日は幻に終わってしまいました。それもあっさり。

 太政官達
 第三百五十九号布告ヲ取消ス (明治5年11月24日)

 諸省使府県
 第三百五十九号御布告御詮議之次第有之御取消相成候条右御布告書返却可
 有之候也

 「各省、使府県の役所へ
  第359号の布告は詮議した結果取り消すことになったので、送ってしまっ
  た359号布告は返却してね」

 というわけです。旧暦時代の三十一日の暦月はたった一夜にして、幻に終わ
 ることになってしまいました。
 残念でしたね。

 ただ、残念は話はもう一つあります。
 11月31日が幻に終わったと云うことは、12月が復活したわけですから公務員
 の12月分の月給も復活! と思ったらこちらの方は復活しませんでした。
 どうなったかというと、

  「12月1,2日の給与については無給とする」

 え! ひどい。
 ま、世の中が世知辛いのは今も昔も変わらないと言うことでしょうかね。

◇こよみのページ的、ほっとしたこと。
 明治5年の太政官布告359号がそのまま有効で、12月が消滅してしまったとす
 ると、ずっと途切れること無く循環してきた暦月を表す六十干支が、この箇
 所で不連続になってしまうことになって、ややこしいことになってしまいま
 す。

 そんなことまで明治政府の知ったことじゃないですから、何か方針が示され
 ることは期待できませんし、参考となる前例もないわけで、どうしたらよい
 か悩んでしまうところでした。たった2日しかなかったとはいえ、きちんと
 12月があってくれた御蔭で、この問題を悩む必要がなくなりました。
 ほっとしました。

  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
   magazine.std@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2020/10/18 号

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