こよみのぺーじ 日刊☆こよみのページ スクラップブック  (PV , since 2008/7/8)
■雑節(ざっせつ)の話
 「ありゃりゃ、忘れてた」

 今朝、ツイッターをのぞいたら、フォローさせていただいている松浦はこさ
 んのツイート(松浦はこ|暦日擬人化 https://twitter.com/matsbox )に、

 「本日は芒種[6/5]をすぎて最初の壬(みずのえ)の日。
  ということで旧暦の時代は入梅。」

 とあるのに目が留まりました。
 あ、しまった・・・。そういえば、現代の暦の上の入梅の日(今年は6/11)
 にツイートするのをすっかり忘れてしまっていました。
 一応、二十四節気、七十二候の他に、雑節の日にもこよみのページのツイッ
 ターでツイートしようと思っていたのに。

 「そっか、6/11は、七十二候の『腐草蛍となる』と重なってしまって、こっ
  ちについてツイートすることばかりに気をとられて、忘れちゃったんだ」

 と、2日前の朝の状況を振り返って、忘れていたことにやっと気がつきまし
 た。いかん、いかん。

 気を取り直して、「芒種後の最初の壬の日」の話でも書くかと思いましたが
 それもなんだな・・・と考えて方向転換。雑節の話を書くことにしました。

◇暦の「雑節」
 二十四節気は明治改暦前に日本でも長らく使い続けられてきたいわゆる旧暦
 (太陰太陽暦の一種)を作る上で、その「太陽暦」の面を担うために作られ
 た暦法上の仕組みで、謂わば暦の骨格のようなもの。これが無いと暦が作れ
 ないもので、迷信的要素を多分に含む暦注などとは一線を画すものです。

 七十二候は、その候名には多分に迷信的な要素がみられますが、仕組み自体
 は二十四節気と同じ(これをより細分化したもの)であることと、一般の暦
 にこれが書き込まれることは無かったものなので、ここでは無視してしまい
 ましょう(七十二候さん、ご免なさい)。

 では、「雑節は?」というと、こちらはなんでしょうね・・・種々雑多な感
 じです。暦を組み立てていく上では無くても問題ものですが

  あったら便利

 というもので、暦作りの最終段階で、他の暦注(こちらは迷信ワンサカ)と
 一緒に書き加えられるものです。書かれる場所は、納音五行の下、下段と呼
 ばれるものの上。一日ごとに書かれる暦の一行の真ん中辺りに、八専や十方
 暮などと一緒に書き込まれました。

 雑節は、中国から伝来した暦にはなかったもので、日本で暦が使われるよう
 になった後で、日本での生活上の便のために書き加えられたものです。その
 点では極めて「日本的なもの」といえるかもしれません。
 雑節にはどのようなものがあるかというと

 土用・節分・彼岸・社日・八十八夜・入梅・半夏生・二百十日・二百二十日

 があります。
 それぞれを見てゆくと

  土用 ・・・ 五行説から生まれたもの
  節分 ・・・ 季節の区切りの日(立春・立夏・立秋・立冬の前日)
  彼岸 ・・・ 仏教行事である彼岸会の日取り
  社日 ・・・ 産土信仰と五行説から生まれたもの
  八十八夜、二百十日、二百二十日
     ・・・ 農作業の目安の日。立春から数えた日数。
  入梅 ・・・ 梅雨入りの目安。農作業の目安の日といってよいか?
  半夏生・・・ 元は七十二候の言葉。転じて農作業(田植えの終わり)
         を示すものに。

 といった具合です(ただし、土用と半夏生が雑節として暦に書き加えられる
 ようになったのは、明治改暦以後のようです)。

 この他にも、祭礼などとの関係の深い「初午・中元・盂蘭盆・大祓」などを
 加えることもあります(あまり一般的ではないと思いますけど)。

◇暦要項の雑節から消えた「社日」
 現在の日本において、国民の生活の元となる暦情報を作る仕事は国立天文台
 が行っており、二十四節気や雑節に関しても毎年、国立天文台が計算した日
 付(と時間なども)は「暦要項」呼ばれる冊子にまとめられています。

 この暦要項に書かれている事柄が、その年の前の年の2月の官報に掲載され
 て、国民に広く周知されることになっています。
 さて、この暦要項に掲載される雑節はというと

 土用・節分・彼岸・八十八夜・入梅・半夏生・二百十日

 の7種類。あれ? 社日と二百二十日が無い??
 二百二十日については、まあ二百十日があれば、問題無いような気もします
 が、社日はなぜ入っていないのでしょう?

 終戦前に刊行された本暦を見ると「社日」の記載があります(二百二十日は
 ない)。本棚に明治五年、明治三十二年の暦があったので、それを開いてみ
 ると、やはり社日はありました(二百二十日はありません)。どうやら、終
 戦前の暦においては

 土用・節分・彼岸・社日・八十八夜・入梅・半夏生・二百十日

 が雑節として採り上げられていたことがわかりました。
 社日はあったんですね。

 さて、では終戦後はどうかというと、終戦後に作られた暦要項(風のもの)
 をたどると、1946年(昭和21年)用のものには、雑節として

  土用・入梅・半夏生

 のみが記載されています。
 まあ、この年のものは終戦後に大急ぎで作られたものなのか、これは特別の
 事情と言うことで除外するとして、少々落ち着いた頃の1948年(昭和23年)
 用の計算結果を見ると、

  土用・節分・彼岸・八十八夜・入梅・半夏生・二百十日

 と現在の暦要項に記載されているものが載っていました(1947年用について
 は、原稿が残っていないのか、内容を確認出来ませんでした)。あ、この時
 点で「社日」が姿を消してしまいましたね。

 社日が消えた件について何か手がかりがないかなと思ってあれこれ探してみ
 たのですが、その辺の事情について書かれたものを見つけることが出来ませ
 んでした。内田正男先生(国立天文台の前身、東京天文台時代から作暦に係
 わっていらっしゃった大先生)がお書きになった「暦と時の事典」の雑節の
 項目には

 「社日と二百二十日は東京天文台発表の雑節から現在は除かれているが、
  別に明確な理由があるわけではない」

 と素っ気ない記述を見つけましたが・・・。
 社日が消えた時期と、社日が産土神を祀る日という、神道系統の行事と結び
 ついた雑節であったことから、GHQ等に配慮した結果かも? なんて考える
 のは、勘ぐりすぎなんでしょうか。

◇日本の航海暦に残る「社日」
 船舶の航行のための暦(もっぱら天文航法での航海のための暦)という特殊
 な暦ではありますが、現在でも日本の公的機関が作っている暦の中に、今で
 も「社日」の記載が残っているものがあります。

 それは海上保安庁が刊行している「天測暦」「天測略暦」(終戦前は海軍水
 路部が作っていた)。本を開いた最初のページ(表紙の裏)にある、「今年
 の暦」の中に、二十四節気などと並んで、社日の日付を見つけることが出来
 ます。なんでかな??? ますます「勘ぐりすぎ」の虫が騒ぎますね。

 以上、入梅の日のツイートを忘れたことをきっかけに書き始めた「雑節」の
 話でした。
 まとまり悪くて済みません!

  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
   magazine.std@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2021/06/13 号

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