桃源路の風のたより・・・

〜中国河南省 からの、風のたより〜

風信桃源路総覧


2007-02-06 商代遺址

商代遺跡2.jpg

娘と二人で、「商代遺址」に行って来ました。

ここは安陽市の殷墟よりも500年程時代が遡り、約3500年前の商代(日本では殷代と言っていますが)前期の城跡ということで、1955年に発掘されました。
全長7kmの城壁で、ここから以前紹介した「紋銅方鼎」(河南博物院蔵)という大型の鼎やたくさんの青銅器、石器、陶器、玉器などが出土。

ここ一帯だけ、とても近代都市(?)の鄭州市とは思えない光景ですが、3500年の年月で城壁は土手と化し、道路で寸断され、家が立ち並んでいました。

商代遺跡1.jpg

城壁の東南の角にある「鄭州商代遺址」と掘られた階段中央の石碑は、子供たちが遊ぶ滑り台になっていました。そのおかげで(?)つるつるピカピカ!わが娘もご多分にもれずここでひとしきり石磨き・・?

商代遺跡4.jpg

地面にチョークで甲骨文字のような字を書いていました。

他にも散歩をしている人、トランプや将棋をしている人、コマをまわしたり、演奏していたりしている人々、ここは市民の憩いの場になっていました。

結構歩きましたがとても7キロには及ばず、広い道路で寸断されながらも、さらに北へ城壁は続いていました。
ここへもまた、何度も足を運ぶことになりそうです。

2007-02-01 二七記念塔

二七塔.jpg

「二七記念塔」

そういえば鄭州市内の紹介をあまりしていませんでした。
この二七塔は、1923年2月4日京漢鉄道の労働者によるゼネスト(3日後の2月7日、武力鎮圧される。)を記念して1971年建てられました。
二つの五角形がくっついた形で、高さ63m、12階建て。
時計台にもなっていて、毎時間時刻を知らせてくれます。
鄭州市のシンボルタワーとなっています。

この二七塔周辺が、鄭州市一番の繁華街。「すべての道は二七塔に通ず」・・ではありませんが、この塔を中心に道路が放射線状にのびていて、一日中混雑しています。

2007-01-30 新密市2

黄帝宮.jpg

新密市に行ったので、「黄帝??」の看板の写真を撮ってきました。

「黄帝宮風景区」・・聞くところによると、ここは城壁があって、黄帝時代のものらしいのですが、遺跡として確かな物が出土していないそうです。今回は行っておりません。

新密インター.jpg

鄭州からは、片道10元・・実は一般道を走っても、10元かかるのです。
新密までの一般道路は大分良くなりましたが、積載量オーバーのトラックや、スピードが出ない車や、それを追い抜こうと反対車線に、はみ出して走る車(こういう車が多い!)それに横断しようとする人や犬。砂煙。
市内に用があるだけなら絶対高速でいくべし。ただ、高速は市街地よりも北を通っているので、炭鉱の多い南の方へ(住宅も多い)行く車は、一般道を使う方が便利なようです。

さとうきび.jpg

「さとうきび」 わざわざ新密市で撮らなくても、鄭州にもあるのですが。

カメラを向けたら照れ笑いをして横を向いてしまいました。 買う時に皮をナイフで削り、30センチ程の長さにしてくれます。
皆、バキッ!シャリシャリ、ペッ!と歩きながら食べてます。
とってもジューシーで、ほんのり甘い。私は歯もあごも弱いのか一苦労。でも時々食べれば、歯ぐきが丈夫になるかも。

2007-01-20 古代王朝

桃源路1.jpg

最近すっかり、中国の歴史にハマッテいます。

今、殷代(商代)の前の「夏」の時代に興味があって・・と言っても、暑い「夏」ではなく、「夏」(か)です。(・・知ってるよ!という声が・・)
以前紹介した、炭鉱の町「新密市」の南に位置する「新砦村」で今から約4000年前の夏王朝(紀元前2070〜前1600年)の都であったという遺跡が2004年に発見された。
これは夏の初代皇帝「禹」(う)の子で第二代「啓」(けい)の王朝であると「放射性炭素年代測定法」なるもので、地層や出土品を分析し推測された。
これ以前にも、河南省偃師県(えんしけん・現在は市、洛陽のすぐ東)で「二里頭遺跡」という夏王朝の遺跡が発見されており、これは紀元前1600年以前の夏王朝晩期の古代都市跡だと2000年7月に発表されたようです。

高校の世界史の中国史は、殷から始まっていたと記憶する。
それ以前は伝説であったのに、すごいですね。時間も科学も人間も。

司馬遷の「史記」には夏代の前の「五帝時代」も書かれているようなので、読んでみたい。そういえば新密市に高速で行くと、新密インター直前に、「黄帝??」という標識が出てくるのも気になっている。いろいろ写真で紹介したいと思っています。

写真といえば、本日の写真は内容とはまったく関係ありません。何か有った方が良いかと・・。

2007-01-11 博物院 最終回 

王子午鼎.jpg

「王子午鼎」・春秋時代。
淅川県(南陽市の西)出土。

鼎2.jpg

「環耳素面敦」・春秋時代
淅川県(南陽市の西)出土。

入り口.jpg

最後に、敷地内から写した博物院です。

今回見落とした、展示物や展示ルームもありましたが、一つどうしても恐くて入れない部屋があった。展示してあったのは「金縷玉衣」。金というより銀に見えたが、銀の正方形のタイル状のものを敷き詰めて作られた人間の形というか、全身を覆った鎧というか・・。それが。頭が手前で、足が奥。という台に寝た状態で展示されていた。 初め、何か判らなくて、少し近づいてギョッとした。それほどリアルな形ではなかったが、中に誰か入っている感じ・・。こんな時に限って、監視員もいないし、見学者もいないんですよね。 今度行った時は、是非写真を撮って、お見せしたいと思います。

ごく一部の紹介でしたが、5回に渡ってのシリーズのようになってしまいました。 今日は、鏡開き、蔵開きの日。ってことで、博物院シリーズはひとまず「お開き」にしたいと思います。

2007-01-10 その4 陶磁器

唐三彩1.jpg

「三彩双竜尊」・唐代(紀元618〜907年)

唐三彩は他にも写したのですが、ピンボケ。
唐の時代の都は、今で言う西安(陝西省)でしたが、洛陽(河南省)が東の副都とされ、唐三彩はこの洛陽でおもに焼かれたようです。焼いた窯(黄冶窯址)も発見されました。

梅瓶.jpg

「白釉黒花瓷梅瓶」・北宋(紀元960〜1126年)
鎮平県出土。

鎮平県てどこなんでしょう?北宋の都は開封なので、開封の近くでしょうか。(ちなみに中国では市の中に県があります。日本とは逆です。)

陶磁1.jpg

「青花纏枝蓮葫芦瓶」・明代(紀元1368〜1644)

こういう唐草模様と色、なぜか好きです、昔から。
ほとんど解説不可能になってきました。
(写真のみご覧ください。・・のような。)

2007-01-09 その3 玉(ぎょく)

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左、「玉戚」(ぎょくせき)・商代(紀元前1600〜前1046年)
安陽市出土。

中央、「玉鉞」(ぎょくえつ)・商代(紀元前1600〜前1046年)
鄭州市出土。

右、「玉戚」(ぎょくせき)・商代(紀元前1600〜前1046年)

玉2.jpg

「鶴寿花播」(かくじゅかはん)・清代(紀元1644〜1911年)

玉3.jpg

「青玉浮雕桃形洗」(せいぎょくふちょうとうけいせん?)
清代(紀元1644〜1911年)

清代までくると、美術品という意識で造られているような気がする。 技術はもちろん、デザイン的にもとても素敵!

2007-01-07 河南博物院その2

紋銅.jpg

「方鼎」(ほうてい)・・四角い器?。う〜む!私の拙い知識では、 とてもガイドは無理。簡単すぎる説明ご了承ください。
展示では「饕餮乳釘紋銅方鼎」(とうてつにゅうていもんどうほうてい?)とありました。(・・??!)
鄭州市内にある「商代遺址」(3500年前)より出土。
王侯の祭器や礼器でかなり大型のもの。一般的には円鼎三本足のものが多いそうなので、四角で四本足はめずらしいのかな。
(確かに他の商代の鼎や春秋時代のものは三本足ばかりでした)
余談ですが・・「鼎座」(ていざ)とは三人が向かい合って座るとの意味。三本足からきているようです。
鄭州市内では、このレプリカを設置してある公園をよく見かけます。

青銅.jpg

「王孫誥編鐘」(おうそんこうへんしょう?)春秋時代
古代の打楽器。これはかなり迫力がありました。写真では分かりづらいのですが展示室の端から端まで、ほぼ一杯の大きさ。(6,7メートルはあったかと)
1日に数回、ここで古代楽器の演奏があるそうです。私は残念ながら
遭遇できませんでした。どんな音がするのか次は是非聞いてみたい!

甲骨1.jpg

「甲骨文」商代・・・安陽市殷墟より出土。
獣類の骨に刻まれた中国最古の文字。
(商代・・日本では殷代と言われているが中国では、商代と呼んでいる)
文字はよく見ないと見えませんでした。やっぱり写ってない・・。

2007-01-05 河南博物院

正面1.jpg

暮れも押し迫った30日、河南博物院に行って
きました。昨夜降った雪が、少し残っていました。
この日も今にも雪が降り出しそうな空模様。
1998年にオープン。
敷地面積はなんと10万屬世修Δ任后

ホール1.jpg

博物院の中に入って少し階段を上るとそこが1階。
広いホールの正面にあるこのオブジェが目に飛び込んでくる。
写真が小さくてちょっと見難いですね。スミマセン。

乏しい情報のまま行ったので、失敗の数々。
各階に4つずつの展示ルームだと思っていたら、1階だけは
その奥にさらにもう1部屋ずつ4部屋あるのを、最後に買った
パンフレットを家に帰ってゆっくり見て、初めて気が付いた。

さらに、4階(恐竜の卵の化石など)があるなんてまったく思わなかった。
もう一つおまけに、展示ルーム内の撮影がOKと分かったのが2階を観ていた時。監視員がいるにもかかわらず写真を撮ってる人がいるので驚いた。・・が、それなら私もと撮り始めたが、とにかく量が多いのと帰りの時間も気になりだして心残りが結構ある。

もしかして何度も足を運ぶことになるかもしれない。・・・つづく。

2007-01-01 謹賀新年

年賀状2.jpg

明けましておめでとうございます本年もよろしくお願い致します。

陽暦のお正月も年々徐々に祝う人も増えてきたようです。
ニュースで見るとカウントダウンをしている所が結構ありました。

中国の知人より年賀状をいただきました。(大きさは電報より少し小さめ)
中国では、今年は猪(ブタ)年なのですって。

2006-12-31 年の瀬

鄭州駅1.jpg

旧正月を祝う中国では、この陽暦の年の瀬はいたって静かな年の瀬で
年末気分は味わえません。
学校も幼稚園も一応お正月(陽暦)の三が日は休みになりますが、
その代わり12月30日31日は土日返上で授業があります。

だから暇で・・というわけではありませんが昨日「河南省博物院」に
行ってきました。
一人で遠出したのは初めて。バスを乗り継いで一時間と少々。
とはいえ河南省博物院の展示物はかなりの量で、少々混乱して
いますので後日(来年?)紹介したいと思います。

写真は鄭州駅です。乗り継ぎ場所なのでついでの紹介ですが、知る人
ぞ知る、中国東西南北の鉄道が交差する交通の要衝と言われております。
駅前は年中ごったがえっています。

何はともあれ、皆様良いお年を!来年もよろしくお願い致します。

2006-12-25 中国的幼稚園

幼稚園.jpg

写真は娘の通っている幼稚園です。

ゆっくり歩いて片道20分の距離と3階の教室なので、私には朝から
ちょっとしたいい運動になります。
幼稚園は朝8:00〜17:50(夏季18:00)で、一日約10時間(幼稚園の先生は大変です)。
毎日が日本でいう延長保育のように長いです。

食事は朝昼晩と3食。おやつ付。お昼寝あり。
保育時間に数分の差はあっても中国では、だいたいどこの幼稚園も こんな感じです。

夕方17:50分の開門目指し、親たちがぞくぞくと迎えに集まって来て門の前に人だかりができ
開門と同時に一斉に園内になだれ込みます。(迫力!)

2006-12-22 冬至ギョーザ

touji.jpg

ここ河南省では、冬至の日に餃子を食べます。(本当です!)

冬至に餃子を食べないと「耳が凍って落ちる」と言われています。 なんか餃子屋さんの企みでもありそうな気がしますが、ほとんど 家庭の手作りなので、それは違うようです。

一般的に、餃子といえば水餃子。 お皿かドンブリに山盛り出てきます。(お店でもそうです) 食べた後、茹で汁もお茶がわりに飲むと、消化にいいとか。

写真は、今朝早くから作った我が家の餃子(もちろん一人分)。 何枚も撮ってるうちに、ちょっとペチャンコになって、ちょっとまずそうではありますが・・ 中味は、主にニラと卵、他諸々。

2006-12-21 新密市

新密市.jpg

鄭州市のお隣(西南)の新密市という所に行ってきました。 夫の両親はこの新密市の出身で、夫のお姉さま方は、皆新密市に住んでいます。新密市は炭鉱の町です。

一番上のお姉さんの次男夫婦に、待望の赤ちゃんが産まれたので、そのお祝いに行ってきました。 3280gの手足をよく動かす元気な男の子で、義母にとってはひ孫になります。 何人目のひ孫になるのか夫に聞いても相変わらず分からない(兄弟に何人子供がいるか位までが限界)ので、私の知っている限り数えてみると8人目ではないかと思います。

ところで写真ですが、赤ちゃん誕生とはまったく関係ありませんが、お祝いの帰りに3番目のお姉さんを、家まで送って行く途中で前に現れた車です。 すごいでしょう。 鄭州市内では見かけませんが、郊外へ行くとよく見かけます。

2006-12-15 中国語あれこれ

私が今まで何百回となく言われている言葉「听不懂」(ティンブドン)。 「听」は、聞く。「不」は、否定。「懂」は分かる。直訳すると、「聞いて(も)分からない」・・・中国語で話しかけられた時、「?」でいっぱいの私が、たどたどしく何か一言発すれば、中国人じゃないことが分かる。すると相手が納得してこう言う。

と共に、「你是哪国人?」(ニィシィナグォレン・・あなたはどこの国の人ですか?)と聞かれる。(省略して「哪国人?」だけの方が多い)。私は「我是日本人!」(ウォシィリーベンレン・・私は日本人です)と答えるわけですが、この「日本人」という発音がクセモノで「リーベンレン」と書きましたが、実際は「リー」は「リとジ」の中間ぐらいの発音で、「レン」は「レとゼ」の中間ぐらいの発音です。私は顔を歪めないと発音できない!(ここまでで中国語が達者な方はさぞかし、笑ってらっしゃることでしょう)

日本も中国も漢字を使う。でも同じ漢字でも日本と中国では意味が違うものも多い。 「走」は日本では「走る」ですが、中国では「歩く」という意味になります。(来たばかりの頃、テレビの刑事もので、捕まえた犯人に「走!」(ぞう!)と言ったのを見たとき、私は早く連行するために走らせるんだと思いました。注;テレビドラマは字幕があるものが多い) 「湯」は日本では「お湯」ですが中国では「スープ」の意味です。聞いた話ですが、日本語ができない中国の人が日本の銭湯で「男湯」「女湯」を見たとき、「男のスープと女のスープとはどんなものだろう?」と不思議がったという話があるとかないとか。ちなみに男と女は、日本も中国も同じ意味です。中国でいうお湯は「開水」または「熱水」です。

「哎喲」(アイヤー)・・・私が結構好きな表現です。日本で言う、「あらまぁ〜」「もう〜」のようにちょっとため息まじりに使うといえばいいでしょうか。 例)肝心な物を買い忘れて、家に着いて気がついたときに→「アイヤーッ!」 響きがひょうきんぽくて、ちょっと笑ってしまいます。

他にもいっぱいありますが、また写真に困った時にでも紹介します。(アイヤー!)

2006-12-08 カササギ2

コメント

もしかして、カササギはこちらでしょうか?(私もキッズ図鑑で、見てみました。) この鳥が飛び立った時の、記憶が無くて、はて?羽先が白かったかどうか・・。

私が見た白いラインが入った鳥というのは、黒と白で青い部分が無かったように思うのだけど・・・。(何も、カササギで悩まなくても・・という感じですね。)

2006-12-05 念願の・・・

コメント

念願の写真のアップ! うれしい!・・・でもまだ四苦八苦。 とりあえずは、良しということで。

写真の鳥は‘かささぎ’・・・らしい。(名は聞いたことがある。が、日本で見たことがなかった)こちらでは、家の周りでじつによく見かける鳥です。 同じような大きさで、黒くて羽を広げるとアールの白いラインが入った鳥がいる。こちらも、‘かささぎ’という。・・???。

どちらにしても中国では、この鳥が家に来ると良いことがあると言われています。

写真は、カメラを構えたとたん、お隣の庭へ行ってしまった。焦ったのと、拡大したので少しボケている。 声はよくないが、尾が長くちょっと優雅な鳥。

これから、どんどん写真もお届けします!乞うご期待!

コメント欄つけ忘れて、大変みたいでしたので、かわうそが勝手に移動しました。
ついでにコメント行も追加しておきます

2006-12-01 4つの条件

中国人が「これがあれば幸せな生活」とあこがれる、4つの条件なるものが有るのを夫の知人から聞きました。

それは、‘本人の奥さん!▲疋ぅ弔亮屐↓西洋の部屋(イギリスの部屋とかアメリカの部屋と限定した説もある)とっ羚駑鼠(順番は関係なし)の4つだそうです。ご存知でしたか?

これを聞いた時、日本人て歴史的な事もあってちょっと嫌われているかなと思っていたので意外でなんか嬉しかった。 うちの夫は日本生活が長かったせいなのかこういう事も知らない、浦島太郎さんなのです。 これから時々口に出して、有り難がらせよう!

日本人女性の皆さまー!憧れだそうですよォ!!

‘日本の女性はとても優しい’のだそうです。ただ何を根拠に言っているのか、中国全土で言われているのかは不明です。

今日から師走。結構寒くてプラタナスの紅葉がいい感じなのですが、お届けできなくて。残念!

2006-11-30  旧暦

そもそもこのサイトとの出会いは、夫の誕生日が実は旧暦だったと今年の誕生日に知りビックリ!じゃあ新暦ではいったいいつなの?とネットで検索してたどり着いたのがココでした。

中国では年配の方はもちろん、現在でも自分の誕生日は旧暦を使っています。(使うという表現でいいのか分かりませんが)中国ですし納得できますが。

同じ頃、日本語を勉強している学生さんと話をしていて、日本人も占い好きと知ってどんな占いをするのかと聞かれ、星占いや中国の四柱推命とか易とか・・・。と答えたところ(通じないところは筆談で)それは旧暦の誕生日で占うのかと聞かれハッとしました。

そう!星占いは別として、中国発祥の占いなら旧暦の誕生日で占うべきだと、その学生にも言われました。ごもっとも。

当サイト「暦と天文の雑学」の‘占いと星座の話’のページに、誕生日の星座が2200年の時を経て星座ひとつ分ズレている。(ハショリ過ぎでスイマセン!)のように、こちらは新暦と旧暦では誕生日がズレます。 私も占いは嫌いではないので、これ以上は申しません。

でも日本人で、自分の誕生日を旧暦で知っている人がどれだけいるのでしょう。

2006-11-25 よろしくお願いいたします

はじめまして桃源路と申します。

 夫の実家である河南省鄭州市(ていしゅうし)に住んでちょうど一年経ちました。
 河南省は有名な観光地ではないので海外から旅行客が訪れるのは少林寺ぐらいですが、「登竜門」の語源となったとされる龍門がある洛陽市や諸葛孔明縁の南陽市など興味深い地も結構あります。

 ここ鄭州市は無名ですが実は省で一番大きな市です。省庁所在地(・・なんて言い方はしませんが)です。

 11月になっても暖かい日が続いていましたが突然寒くなり‘小雪’が過ぎた23日にとうとう雪になりました。それでも日本と同じく今年は暖冬との事。

 習慣の違いに少しずつ慣れてはきましたが・・?いまだ挨拶程度しか中国語を話せずさすがにあせり始めた今日この頃。
 もうすぐ6歳になる娘は結構話せるようになりもっぱら義母と私の通訳になっています。義母が話す方言も理解しているようで私はますます肩身が狭く・・・。

 本当は写真もお届けしたかったのですが、加工の仕方がまだよく解らず只今奮闘中です。デジカメの取説ともニラメッコ状態なのでまだまだ先になるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします。


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