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FAQ 暦の日月年の始まりや長さについて

目 次


一日の始まり、長さについての質問

江戸時代以前の一日の始まりは?

江戸時代以前の一日の始まりは?
日本の江戸時代以前の一日の始まる基準が知りたいのですが・・・・。
午前0時や子の刻ではなく多分日没か日の出のどちらかと思っているのですが分かりませんか?

A.天文学、暦学的あるいは公的な基準は基本的に現在と同じ午前0時(子の正刻・・・正子)が一日の始まりでした。こちらは一日を十二刻に一律に分割した定時法でした。
一方、庶民が日常で使っていた一日は日の出を基準にしていたと考えられます。江戸時代でいえばよく聞く
 明け六ッ
が一日の始まりと考えられていました。こちらはというと明け六ッから暮れ六ッまでの昼を六等分し、残りの夜を六等分した時刻を用いています。日の出の時刻は季節によって大きく替わるため、この方式での昼と夜の一時の長さは季節により大きく変わる不定時法でした。
明け六ッは日の出の時刻ではなく日の出前に薄明るくなった状態(現在はこの状態を薄明)で、現在の時間でいえば日の出約36分前(暮れ六ッは日没後約36分後)がこの瞬間です。寛政暦以降では太陽の動きの季節変化を考慮して太陽の中心が地平線下7度21分40秒となる瞬間と定義されるようになりました。

今の感覚からすると不思議なことですがこのように、暦(公的)な一日と日常で使う一日の始まりは異なっていました。
ちなみに最後の太陽太陰暦、天保暦(1844〜1872年)では暦面の一日と日常の一日の一致を計るということで、暦面の時刻に不定時法を導入しましたが、一日の始点に関しては正子とする伝統を守ったようです。

一日の始めは夜?

一日の始めは夜?
実は日没が一日に始まりとする事を聞いているので以下のことはどうなっているのでしょうか?
禅宗で冬至の夜に冬至当夜としてドンちゃん騒ぎをするのですが、その日は暦の冬至の前日の夜即ち午前零時前から遣ると聞きました。又姫始めが正月元旦の夜でなく二日目の夜に遣るとも聞いています。このことから日没を一日の初めとは見れないのでしょうか?

A.日本でも、一日の始まりが日没からという時代があったのではないかと言う説があります。
既に説明したとおり暦の上での一日の始まりは「正子」つまり、現在の午前0時頃となっていましたが、これは中国の暦が初めて日本に伝来した頃には、中国の暦は既に千年以上の歴史を持つかなり完成度の高い状態であり、伝来した当時の日本ではこれを独自に手直しするといったことは考えられなかったため、中国の暦の規則がそのまま定着したものだと考えます(私は)。

この暦の伝来以前にどのような暦が使われていたかは、文字による記録ももちろんほとんど無い時代ですからはっきりしません。
ただ、古い祭事や神事には古い時代の慣習が残っている可能性が有ります。
そういう目で見ると、たとえば多くの祭りは本宮の前の夜に宵宮が有りますが、祭り本来の姿としてはこの宵宮が神を迎える重要な行事で、翌日の本宮はお迎えした神への供物のお下がりを人々がいただくという直会(なおらい)なのだという説明を読んだことがあります。

こう考えると、祭りは日没に始まり(宵宮)翌日(本宮)の日没に終わるという夕方からの一日のサイクルと考えられます。 そういえば、江戸時代以前はよく昼と夜を「人の一日(昼)」、「神の一日(夜)」と区別したことも、上の祭りの宵宮と本宮の関係を思い起こさせます。

実際はどうであったかということに関しては私は、確たる知識を持ち合わせておりませんので、今はこのような推測しかできません。
いずれ、もっとしっかりした内容が書けるようになりましたら、解説の記事としてまとめてみたいと考えます。
きちんとお答えできず、申し訳ありません。

月の始まりと長さについての質問

年の始まりと長さについての質問


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Last-modified: Mon, 03 Nov 2008 13:29:01 JST (3610d)